ウサイン・ボルト選手引退

 世界陸上ロンドン大会で、ウサイン・ボルト選手は男子4×100mリレー決勝でアンカーを走った。
だが、バトンを受け取った後30m程の地点で左脚の痙攣おこし途中棄権した。
これまで数々の伝説を築いてきたボルト選手だがこのレースを最後に引退した。

左右の歩幅が20センチも違う由。側湾症を克服し、
オリンピック陸上で8個、世界陸上競技選手権大会で11個の金メタルを獲得している。
おそらく、これからも折に触れ脚の筋肉けいれんになやまされることであろう。
筆者はときどき、両手の強烈な筋肉けいれんに悩まされています。
半年前には左大腿部の筋肉硬化で歩行に不自由していました。

以下は常歩(なみあし)身体研究所木寺英史氏のメルマガです。
『彼が持っている100メートルの世界記録9秒58が破られるときは来るのだろうか。不可能なようにも思える。

 さて、カラダと左右に関して取り上げるときに、私が題材とするのがボルトの走りである。彼が北京オリンピックで圧倒的強さで100メートルで金メダルを獲得したとき、これまでの陸上競技の理論からはかけ離れたフォームが話題となった。

 肩を大きくゆする独特なフォーム。そして何より左右差が大きいこと。上の画像は6年前(ロンドンオリンピック2012直前)の数値である。左右の歩幅が20センチ違う。右足(右から左)の歩幅は2m59㎝、左足(左から右)は2m79㎝、実に20㎝の違いがある。一般的な選手は5㎝以内に収まることが多い。

 この数値から「左の蹴りが強い・・」と説明されることが多いのだが、見方を変えると「右から左への重心移動が早い・・」ともいえる。右から左への重心移動が早いことは、最高のパフォーマンスを発揮するための一つの条件である。

 この顕著な左右差は、ボルト選手が克服してきた脊椎側弯症が一因であると考えられるが、そうだとすれば、その身体的ハンディは、不断のトレーニングによって世界で最も速く走るための身体的特性へと変容したことになる。

 そして、側弯の方向が逆であれば、世界記録は生まれていなかったかもしれない。まさに、神が伝説のランナーとなるために与えた試練、いや贈り物だったといえる。

 彼の雄姿ををみることができなくなるのは残念だが、感謝の言葉で引退を祝福したい。
「ありがとうボルト」』



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