蜘蛛の糸で主人公だとしたらどうしますか?-2

日記転載

「我」という文字がある。一説によるとギザギザのついた矛状の武器を表す象形文字であるとか。
その武器を以て自分を示す文字にしたということは古の人は自分自身が人を傷つける存在だと理解していたのであろうか?と書いたことがあります。

http://nmk.blog4.fc2.com/blog-entry-2218.html

不用意な発言で人を傷つけることがあるし、誤解されることもあります。
受け手側の心理状況で、様々に変化して受け取られることになるだろう。

これは受け手側の問題である。
発言者側としてはどうだろうか?

どうもいいたいからいってしまうことが多いような気がします。
自身が課題として取り組んできたことがらに関してだと、当然詳しいですし喋りたくなります。

そしてその内容がニュートラルなことであっても、受け手側に大きな波紋を引き起こすことも往々にしてあるようです。
喋りたくなったときは要注意です。

自分がいいたいからいうということは、自我優先ということでしょう。
自我優先といえば、カンダタと同じになってしまいます。
蜘蛛の糸のガンダタの場合は、自分が助かるかどうか切羽詰まっていました。

仏典には飢えた虎の前に自分を投げ出す釈尊の話もあります。
「 山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」空也上人の作とつたえられています。




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