乃木希典と日露戦争の真実

司馬遼太郎著「坂の上の雲」は面白かった。
夢中になって読んだ。
だがそれによって乃木希典は愚将と思いこんできました。
「二〇三高地占領は効果がなかった」を読み、目から鱗が落ちる思いです。
http://mizarux.hatenablog.com/entry/2016/06/24/105520

本書は平成2年に発刊され、乃木神社でのみ販売されていた伝説の書である。
著者の桑原嶽氏は陸軍の俊英として軍事教育を受け、幾多の戦場を経験されている。
桑原氏は司馬遼太郎さんの軍事的な誤りを次々と指摘している。

乃木希典は合理的かつ柔軟な発想で、旅順要塞を短期間で攻略した。
乃木と第三軍の手腕は世界の軍事史上、優れた先例として評価されるべきである。

だが司馬さんは真実を直視せず、
「もっと犠牲の少ない、理想的な解決策があった」と強調している。
それが、「二〇三高地」論であり、児玉源太郎の有能説というわけだ。

                      京都大学名誉教授  中西輝政

司馬遼太郎は無智だった

本書の執筆の動機は、司馬氏の記述が偏見独断に満ち、正鵠を失しているにかかわらず、世間ではあたかもそれが歴史の真実かのように信じられていることに対し、義憤の念止み難きものがあったからである。

司馬氏は二〇三高地を落とし、港内の艦隊を沈めれば旅順攻略は達成できると言っている。
これは市井の床屋談義にひとしく、彼の戦術的無智と言わざるをえない。

二〇三高地占領は効果がなかった

二〇三高地を占領し、そこから艦隊を砲撃することは、海軍の強い希望だった。

しかし、二〇三高地はそれほど重要な場所ではない。
もし占領したとしても大砲を上げることはできない。
二〇三高地は観測所にしかならず、砲弾地は後方に置き、自由に走り回る軍艦を目標とするという、非常に難しい遠隔射撃をしなければならない。

対して、相手の軍艦は高地に向かって直接標準で撃ってくる。
しかも目標は山である。ロシアのほうが格段に有利である。

第三軍に与えられた任務は 旅順要塞の攻略 である。
そのためには、二〇三高地よりも望台のほうが重要拠点だった。
二〇三高地を攻略せよと言われても、乃木がうんと言わないのは当然だった。

ロシア艦隊撃沈は意味がなかった


たしかに、わが軍は二〇三高地を占領するやいなや、戦艦を相次いで撃沈した。

しかし、その3ヶ月前にロシアは艦の火砲を陸にあげており、乗組員も要塞に移動していた。
艦隊としての能力はなく、ただの鉄の箱にすぎなかった。
だから、彼らは反撃しなかったのである。
敵将ステッセルは、これで役立たずを処分できたと心中快哉を叫んでいたかもしれない。

わが海軍はこのことを全く知らなかったのである。


児玉神話は真実か


二〇三高地は参謀総長の児玉源太郎が、わざわざ旅順まで出かけていって、やっと落としたことになっている。
いわゆる児玉神話である。

乃木が二〇三高地攻撃を決心したのは 11/27
児玉が旅順行きを決心したのは    11/29  である。
  このとき、児玉は「乃木は死ぬ覚悟だ」と直感したに違いない。

児玉が総司令部を出発したのは11/29夜、二〇三高地をめぐる攻防戦がたけなわのときである。
もし、児玉が乃木に代わろうとすれば、完全にタイミングを逃している。

『坂の上の雲』では、児玉将土壇場の感を読む者に与える。

しかし、冷静に戦史を読んでゆくと、また客観的に戦闘の経過を分析してゆくと、児玉大将が旅順に行って直接戦闘の指揮をとったから、二〇三高地が落ちたなどという議論がいかに滑稽極まるものであるかがわかるのである。


乃木は世界の名将だった


本当に乃木が庸将であるなら、
日露戦争における乃木の功績が世界中で名声を博したことの説明がつかない。
明治44年4月、彼が渡英したとき、欧州各国はこの名将の訪問を熱烈に歓迎した。

水師営の会見では、乃木は投降してきたステッセルに帯剣を許した。
敗軍の将に恥辱を与えてはならないとして、乃木は従軍記者にたった1枚の写真撮影しかさせなかった。
この振る舞いは前代未聞であり、世界に衝撃を与えたのである。



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