キミは松井かイチローか-2

足の踏み込みと首が関係している。これは気が付いていた。

足先の開き角度を変えて試すと首の可動域が拡がるところがある。 

「キミは松井かイチローか」という本を紹介した。
この本では正しいフオームはは4タイプあるといっている。人間を重心によって4っつに分類したものである。

つま先閉じタイプ・つま先開きタイプ・踵閉じタイプ・踵開きタイプの4っつである。

これでいくと筆者はイチロー型でつま先閉じタイプということになる。

筆者はがに股O脚だった。見かけは靴の踵が減りやすく踵重心の閉じタイプと思った。あるいはつま先が開いているからつま先開きタイプだったかな?

ところが実際はそうではない。つま先閉じタイプだから外反母趾になったらしい。つま先閉じタイプは外重心と書かれている。

踵開きタイプとつま先閉じタイプは足だけ見ると、見かけは同じに見える。ところが筆者の場合、踵から開いていくと歪みやすい。逆につま先を閉じていくとバランスが調ってくる。

動きに於いてつま先から動いた方がいいタイプと踵から動いた方がいいタイプがあるということである。

つま先タイプは立位体前屈では股関節に両手を置いてなで下ろすと曲がりやすい。踵タイプだとお尻から足首へとなで下ろすと曲がりやすい。

これも実際に試した。右側と左側は逆に流れているのだが、両方同時にやった場合はそれぞれ優先する方向があるということである。


右重心か?左重心か?

右足と左足、2本あるから重心が右に行ったり左に行ったりする。文字通り右往左往している。

身体は常に真っ直ぐに立とうとしている。だが完全に真っ直ぐになることは難しい。

右や左に重心がゆれ動く、ゆれ動くけれども必ずどちらかに比重が多くなる。
通常は右利きの人ならば右、左利きならば左に負荷が多くなる。

一般的には自分の重心がどっちかなんか考えない。筆者もそうだった。
人の身体を見るようになって重心に関心を持った。

関心をもったけれど自分自身の重心がどっちにあるのかわからなかった。わかるようになったのは極々最近のことである。

整体師のOさんの左右重心の見方はこうだ。
筆者は立って膝を上げる。片足だと不安定になるので片手をOさんの肩に手を当てて支える。

Oさんは筆者の膝に手を当て下に力を加える。右足は強いが左脚は弱い。右重心との判定だった。

もうひとつ方法。
壁を背に両足をそろえて立ち、片足を交互に上げる。スーッと上がる方と腰を移動させないと上がらない方がある。腰を移動させないと上がらない方に重心がある。

普通に立って試すと通常、筆者は右脚を上げるとき大きく腰を左に移動してから上げる。

以上のことから筆者は右重心だと納得した。右半身に多くの負荷を掛けるが故に右側が固くなっている。手の親指に至っては左右差が大きく右が見てわかるくらいに大きい。

右重心・左重心は生まれ落ちてからの身体の癖の集積である。この癖自体変えることは出来ないだろう。

スポーツや武術に置いても自分の重心癖を意識しての稽古が必要と考えた。
センター・中心軸を考える上に自分の重心が右か左か知っておかねばなるまい。




キミは松井かイチローか。




まず正しいフオームは4つある。イチローと松井は逆のタイプだという。
ヒトの身体には、大地に立ち体重を支え、動いていくうえで誰にでも共通な5ヶ所の重要なポイントが存在する。

このうち過半数の3ポイント以上を直線上に揃えた軸(運動軸)を基点にすることで、全身の能力をあますことなく発揮して動作できる。
その5ポイントは首のつけ根・みぞおち・股関節・膝・足底である。

人間の立ち方に4通りある。
まずつま先タイプと踵タイプであり、またそれぞれに閉じタイプ・開きタイプに分かれる。つま先タイプはみぞおち・膝・足底がベースで踵タイプは首のつけ根・股関節・足底をベースになるという。

武術書や上達本は沢山あるが、これほど具体的に書かれた本を知らない。

だが本書は専門的であり、文章も面白いものではない。身体のことが相当わかっていないと放り出してしまうかもしれない。

だが重心とか中心軸とか関心を持っている方には絶好の手引き書になるだろう。

特別難しい用語を使っているわけではない。要は著者のいっていることを自分の感覚で納得できるかということである。

筆者にとってはいままで考えてきたことを、実にきれいに整理してくれたありがたい本である。著者のいうとおりにやると歪みが出ないしバランスが調ってくる。



気のステージー2

現在、ぶつからない力の稽古に参加されている方々は倒れにくくなっている。鉛直・関節の締めがある程度出来てきている。故に呼吸も変わっているはずである。

本人が意識しようとしまいとに関わらず変わっている。呼吸法をいう方は多いが普段の呼吸が落ち着いてきても意識できる人はそういまい。

蛇に睨まれた蛙ということばがある。恐ろしさに身が竦(すく)んで動けない様子をいう。筆者を相手にするとやりにくいという。

妨害電波を出しているとか。こっちの呼吸が落ち着いて細くなっていると相手はそれだけで不安定になるように見える。

前回、意識的に妨害電波を出してみた。この時はうまくいった。相手が気に敏感になった方だったので、こっちの気にも反応した。

妨害電波を出してみたり出さなかったりと意識してやったらその通りに反応した。勿論、だれでもこんなにうまくいくわけがない。逆に相手の妨害電波にやられて手も足も出ないこともある。

相手と向かいあったとき、相手に入り込まれるたと感ずるときがある。相手に先を取られるとまだそこから返せないでいる。

相手に入り込まれたら相手の気をお返しすればいいのだがまだ出来ていない
。相手に入り込まれたのがようやく、うすぼんやりわかるときがある。フンワリタッチのときは。見過ごすているらしい。

真っ直ぐに立つこと、それはこの稽古に参加する前から筆者のテーマのひとつだった。それだけ身体も真っ直ぐになってきているし、縦方向に関して流れがよくなっているらしい。

普段の意識の使い方が身体に作用する。
真下に落とされるとストンと見事に決まる。

それは真下に弱いということか、と思ったがそれは半面だ。これは技を掛けるときも応用が効くと考えているがまだ具体化していない。

気が使えるようになる、それは普段の意識にある。
その前に鉛直・リラックスがある。


気のステージ

腕時計のあやしい実験で筆者の気肯定的か否定的になるかによって腕時計の気が変わるらしいと書いた。

単に自分の出している気を読んでいるだけではないのか?と思ったりもした。だが矢っ張り違う。対象物も変化するらしい。

腕時計に関しては変化した部分の永続性はないと思っている。〇〇さんのように筆者が永続すると思えたら永続するのかも知れない。

これは人と物との場合である。人と人の場合はどうなるのか?

ぶつからない力の稽古は当初、鉛直がテーマだった。その後、関節に変わりいまは気がテーマになっている。

鉛直も関節もいかに自分を調えるかで自分が主たる対象である。気がテーマになると自分と相手の関係になってくる。

「いいことのみを記憶しなさい。悪い点を直そうと思うな。悪い点を思い出すのがうまくなるだけだ。悪いところに意識がいく。それでは決して壁を乗り越えられないだろう」といわれている。

気が自分に向かっている限り相手には流れないから当然といえば当然である。だがこれまでの流れがある。

自分の悪いところが気になると技がそこで止まることになる。鉛直や関節のことは相手と向かいあったときは忘れている必要がある。

気を使うのがうまい方がいる。イメージが抜群にうまい方がいる。運動や武術の経験がなくてもそれらの経験者と対等にやれるのだから大したものである。

力めば気は流れない。わずかな力みも感知される。オームの法則が出てくる。

筋肉の緊張は抵抗を発生させる。力みをなくそうとすると気が内に向かう。

自分をニュートラルな状態に置いてそのまま動けばいいとは思っている。ところがこれがなかなかそうはいかなくて困る。

身体が邪魔をする。思考が、感情が邪魔をする。

自分をニュートラルにしておいて気を流す・イメージする、そうすれば気が使えるようになると考えている。





いただきますの言霊

書くことは自分を見つめることにつながる。

あやしい実験をやってわかったこと、それはこっちのこころも状態が微妙に対象物に反映するということである。

筆者は自分に合う食べ物を摂るようにいっている。玄米もその方に合うなら摂れといっている。

ところが今の世は合わない物が多すぎる。食べ物に関していえば何しろ食物自給率37%の国である。

真土不二の原則からは63%は不的確ということになる。更に添加物の問題がある。

「お前のいうことを聞いていると食べるものがないじゃないか」といわれたことがある。まさのそうなる。

自分に合わないと知りながら食べたり飲んだりしたらいいことはない。ダブルで効く。

食事のときに「いただきます」と手を合わせて食べる習慣、これは実にいい習慣ということになる。

これだけで多少のマイナスエネルギーは消えていく。人間のこころはそういう力が宿っている。

ことばがその力を引き出してくれる。


薬指は薬の指ー1

薬指は不思議な指である。他の四指と釣り合うような働きをしているらしい。だが左右では微妙な差がある。

TVで甲野善紀さんがきつねの手というのをやっていた。介護の時手を影絵でやるように中指・薬指を曲げて他の3指を伸ばしてやるとやりやすいという。

やってみると確かにそうだ。まず両手ともきつねの手にしてやってみた。これはOKである。筆者の身体は歪まない。次は左手と右手別々にやってみた。
すると右と左では差が出た。左手はいい。右手は歪みが出た。

やり方に問題があるのか?曲げ方を変えてみた。右手の場合、中指・薬指を曲げて他の3指は伸ばすのでなく軽く曲げた状態だと歪みが発生しない。

これは筆者が右利きで右手を握ることが多くその癖が腕に蓄積しているせいらしい。

ぶつからない力の稽古のとき〇〇さんが薬指だけ曲げているの見つけて聞いた。ある先生がそうやって自己調整していたのでその真似だという。

これも試してみた。両薬指だけ曲げてテスト、確かにいい。次は片手宛。まず左手薬指だけ曲げてテストこれはOK。

次は右手である。薬指だけ曲げてテスト、これは歪みが出る。きつねの手の実験があるので軽く4指を曲げてテストする。これもOKである。

筆者の場合、左手だけ薬指を曲げていれは取りあえずは調整出来る。左利きの方ならば右手薬指を曲げているだけで多分OKのはずである。

陰陽論でいくと手は上に伸びるものつまり遠心性の力が働いている。そして右手は左手との比較で求心性の力がより多く働いていると見た。

同じ理屈で、足の場合は地に伸びるもので求心性の力が働いている。これはまた別の機会に書く。


手相は変わる

「あっ、両手とも感情線が伸びている!
この頃、鍛えられているから、精神面がたくましくなったかもしれない。

10年くらい前には、左手の生命線がイッキに倍くらいに伸びました。
ということは、元々の生命線はめちゃ、短かったということです」

ある方の日誌です。それでコメントを書き込みました。

「ボクも左手知能線が倍ぐらいに伸びました。
左手は先天的なこと右手は後天的なことを見るんだそうです。

でも左手は右脳とつながっているといわれているので直感力が増したのかな?と勝手に思っています」

「 知能線もそんなふうにのびることがあるのですね。
きっと直感力が必要になったということですね」と返ってきた。

「必要なものは与えられる」っていう。
直感力が必要だったときというと、手技の勉強時代だ。

その頃は手相のことなんか興味もなくなって忘れていた。

先生がお手本を示されるとそれを真似て練習をする。細かい説明は無しだった。同じようにやっているつもりなのに技が利いたり利かなかったりした。

いまやっているぶつからない力の稽古もそうだ。
感覚というか身体全体で捉えるような感覚必要らしい。

筆者は理屈屋らしく理屈で納得したい。
それならば右手の知能線がもっと伸びていいはずなのに短い。


あやしい実験その後

腕時計のあやしいの実験のその後のことを書く。

何も考えないで邪気を出してきた腕時計を手にすると筆者の身体に歪みを生ずる。この時計はいい時計に変わったとつぶやいてテストすると歪みは発生しない。

500円の腕時計はやはりいい。だけどこれもよくない時計になったとつぶやいてテストすると歪みが発生する。

これは言霊の影響でそうなるのか?
遠隔でエネルギーチャンネルが一旦出来てその名残がまだ残っているのか?
筆者の身体が変わったからそうなるのか?

遠隔でエネルギーチャンネルを作ってくれた〇〇さんは「チャンネルというのはエネルギーを受信するアンテナの様なもので、それを作ることにより"常識"として疑いを抱かなければ神仏の気が永続的に送られてくるでしょう」と解説してくれた。

「元来の降神の術はご神体や御本尊を作るときに用いられるものです。神仏のエネルギーを物品に封入するのは神依りの術と言いお守りなどのエネルギーグッズを作成するときに使うものです。今回はその応用で、入れるとか抜けるという表現は間違っています」という。

人間は神と同じ能力を与えられていると聞いたことがある。そうなんだろうなとも思う。だが心底からその気になれるか?

常識が邪魔をする。その気になるためにいろんな手続きや仕掛けや行が必要なのであろう。

筆者が「いい時計になった」とつぶやくだけで時計の波動が変わる。「元に戻った」とつぶやけばまた変わる。

筆者が一昨年ひどい目にあったミルクもどきもそうだ。いいと思えば一時的に波動は変わる。だがすぐまた戻る。元来よくない物の波動を変えること自体が間違いなのかもしれない。

重要なのは人間の思いで一時的であるにしても物の波動が変わるということであろう。



有線と無線

Dさんが「筋肉と脳」の働きを無線と有線というテーマで取り上げた。有線は神経という説明はわかりやすい。その他に無線がどうもあるようだと書いている。

人間は60兆の細胞の集合体といわれている。各細胞間は神経に依らずしてお互い連絡し合っているように思える。それは多分電気のようなものであろう。

それと固体間のやりとりがある。人間は向かいあうと意識しようとしまいとお互い影響し合う。

開祖植芝盛平翁は「空気を媒体として統一体となる」てなことをいわれていた記憶がある。

片手取りでDさんがやってみせた。少林寺拳法における守法のひとつだという。肩から肘が固まると技が物の見事に決まる。それは見事なモンである。

だが固めが甘いと抵抗が発生する。揺さぶって揺れないようにすると技が決まる。これはいままでも腰が抜ける、あるいは肩が抜けてると技が決まらないといわれてきたことと同じである。

筆者はこころと身体をつなぐのは呼吸であるといってきた。身体は全身呼吸器官であるともいっている。筋肉の記憶も呼吸によって刻み込まれると考えている。

人と向かいあうとお互いが影響し合うのはお互いの呼吸のレベルによると考えられる。当然、落ち着いた呼吸をしている方の影響力が大きいと考えた。だがそうでもない。

だがこの状態を自分で作り出すことが難しい。作ったつもりで抜ける。抜けてもなかなかわからない。最近はうすらぼんやりではあるが少しはわかる。
呼吸で相手の状況を感知するルートがある。

それともう一つ呼吸に因らないで伝達し合うものがあるらしい。例えば空気がなくとも、太陽は地球まで光と熱を送っ届けてくる。

そういうものが人間にもあるのかもしれない。それは意識かも知れない。意識にしても空気を伝わる場合と空気を介在せずに伝わる場合があるらしい。


野生のきつねは一直線平行歩き

一直線歩きについて質問を受けた。一直線歩きは直線上を歩き、一直線平行歩きは直線を挟んで歩く。

傍で聞いていた方が「ネエテイブアメリカンではきつね歩きといっていますよ」という。

きつねは左右平行にしかも歩幅もキッチリ決まっていて前足の足跡に後ろ足が下りるという。ところが野生でなくなるときつね歩きでなくなってくる由。

人間は自らの文化文明を発達させて野生とはほど遠い生活をおくっている。歩き方が乱れて当然なのかも知れない。

「きつね歩きはどういうときに使われるんですか?」「森と同化する、あるいは気配を消すときですね」

裸足で歩くことはまずなくなったし、地面は舗装されているし、おかしな履き物が多いし、自然からますますかい離しつつある。

二本足より四本足の方が安定している。だが人間は二本足を選択した。それは歪みが大きく発生しやすいスタイルでもある。

足のホンのちょっとした歪みが身体の歪みを大きくする。魚や鳥はシンメトリー(左右対称性)を失うと生きていけない。

人間は左右対称でなくとも生きていける。だが元来は左右対称の筈である。

左右対称性が甘くなりくずれてくれば、身体は固くなり腰痛・肩こりが蔓延することになる。




三月の健康

異常なほどに暖冬という。筆者は寒がりの冷え性になって寒さが応えた。おまけに耳にシモヤケまで出来てしまった。

暖冬が続くとのぼせがある。多かれ少なかれのぼせがあるらしい。のぼせがあれば冷えもある。

こういうときは首筋が固くなる、足首手首も固くなりやすい。鳩尾が緊張している。後頭部頸椎二番の上辺りが固くなるらしい。

一月頃から身体は春の準備を始めている。冬は身体を固めて寒さに対抗しようする。暖冬のため春の身体になろうしていると寒い日もある。それで身体はゆがんでくる。寒さは腎蔵にくる。腎臓が固くなるとわき腹の締まりが抜ける。

骨盤は寒くなるときは左から締まり暖かくなるときは右から開いていく。
だが今の季節、上の方に持ち上げられ肩胛骨も同じく上に持ち上げられると聞いた。これものぼせ現象の結果らしい。

人の身体は季節に合わせて変わっていく。しなやかな身体はそれに順応する。順応できない部分がゆがんでくる。

身体を見ていると部分部分に方向性がある。行きたがっている方向に軽く手を添えているとバランスは調ってくる。






あやしい実験ー2

昨日書いたあやしい実験をやって筆者は混乱した。

邪気を出していた時計と筆者の身体を調えてくれる時計があった。片や1万円くらい片や500円の時計である。

それが両方とも筆者に合うようになったり合わなくなったりあるいは作用が逆転したりした。

最初の実験でエネルギーが消えたとき、筆者の邪気を出す腕時計にエネルギーチャンネルをつくったという方は自分の潜在意識の部分で削除したかも知れないという。

第一にエネルギーチャンネルを作った彼の意識が左右する。だが実際に腕時計を所持している筆者の心理的ポジションも影響する。

筆者が肯定に傾くか・否定に傾くかによって腕時計が変化するらしいと書いた。

整体師の〇さんで筆者の邪気を出す腕時計を実験したことを大分前に書いている。〇さんは見後に反応した。

彼の身体を借りて今回の実験を試してみたいのだが今は会う機会がない。多分結果は予測通りになると思っている。

筆者が肯定的になるか・否定的になるかによって、同じ腕時計が悪さをしたりしなかったりするだろう。

だがこれは〇〇さんのつくったというエネルギーチャンネルが有効に働いているからそうなるのか?筆者の見方が変わったからなのか?どちらであろうか?

どっちにしろあやしい話ではある。

以前、ミキシイでの書き込みを思い出す。立位体前屈で「イエス」を繰り返しながら前屈するとよく曲がるし「ノウ」を繰り返しながら前屈をすると固くなる。これは筆者も体験し確認している。




あやしい実験

ボクの腕時計は悪さをする。ブログに6回も書いた。
http://nmk.blog4.fc2.com/?q=%CF%D3%BB%FE%B7%D7&page=2

その腕時計に遠隔でエネルギーチャンネルを作ったからバランスチェックしてくださいというメール送ってくれた方がいる。

メッセージを頂いてチエックしたところ腕時計は悪さをしなくなっている。
間違いなくエネルギーは届いている。

5回くらい振ってみたが、現在のところまだ抜けていない。とミキシーに書いたけどこれは筆者の観察ミスであった。筆者の右手を上下に振ると身体バランスが調う。やはりこのとき、エネルギーは抜けていたらしい。

以前、この腕時計に気を入れてくれた方がいて、そのとき振ったらすぐに抜けてしまった。腕時計に入れたエネルギーはじきに抜けるものと考えていた。

その後、また連絡があって「アマテラスオオミカミ」と3回称えると復活するというのでやったが復活しなかった。「アマテラスオオミカミ」がすごいエネルギーをもつ言霊ということは知っていたが復活しなかった。

そしたらまた別のやり方をいってきた。いろんな記号が10個くらい並んでいてその中の◎を3回クリックして30秒経過すると腕時計にエネルギーが出来るというのである。

でやった。確かに来ている。そこでまた腕時計を振るとエネルギーは消えている。そのこというと彼は自分の潜在意識の中に否定する部分が残っているのかももしれないという。

翌日再テスト。確かにエネルギーは来る。今度は腕時計を振らずに放置しておく。翌朝チエックするとエネルギーは来た状態そのままである。腕時計を着けて外出する。コーヒーショップでチエックすると既に抜けていた。

帰宅後、100均の悪さをしない腕時計と悪さをする腕時計をチエックしていた。どうも何回も確認しないと気が済まない性格らしい。

すると不思議なことが起こった。二つの腕時計から反応が逆転している。おかしいな?そんなバカな!二晩これを繰り返した。二つの腕時計がよくなったり悪くなったりした。

そして今の結論、筆者の心理的なポジションが重要らしい。筆者は力研でリトマス試験紙といわれている。それほどにニュートラルであっても傾きを生ずる。そのポジションが肯定的であればいい方に変わるし、否定的に傾けば腕時計は元に戻ると考えている。

今朝のチエックでは両方の腕時計は悪さをせずに落ち着いている。


腰痛もあるし背中も胸も痛い

ある腰痛の方へ送った自分で出来るバランス調整法を紹介します。

身体の歪みを自分で調整する方法です。
歪みが取れるに連れて痛みも軽減してきます。

肩と胸の痛みは「合掌両手ゆらし」がおすすめです。
よほど重症でない限り五十肩で手の上がりが悪い方も上がるようになります。
やり方は合掌して顔の前でアーといいながら小刻みにゆらすだけです。

腰の方なんですがヘルニアをお持ちの由、どの程度にやれるかわかりませんが「その場骨盤歩き」をお試しになってください。

やり方は床に腰を下ろし両手両足を前方に伸ばします。
両肘・両膝を伸ばしたまま右腰・左腰交互に動かします。

痛みの程度によってスピード・回数・動かす距離をいろいろ試してください。長年の座骨神経が軽くなった方がいます。
これも声を出しながらやった方がいいです。
右腰ならミシリ、左腰ならサシリといいながらです。

黙ってやっていると息を詰めてやる方がいらっしゃいます。
そうすると身体が固くなり逆効果になるときがあります。

痛いのをムリしてやらないでください。
動きは痛くない範囲です。

それから長くやりすぎないこと、少しでも軽くなったところでその時は終わりの方が効きがいいようです。





ぶつからない力

ぶつからない力の稽古でちゃんと立つと入れなくなる。技を掛ける気がしなくなる。受けを取っていても投げられる気がしない。

そういうときと相手に触れられていて「今だ、今投げられたらこっちは無抵抗だ」と感じるときがある。

更に触れられた瞬間に切れ味よく投げられるときがある。逆にスパッと投げることが出来るときがある。

これはどうも立ったときの姿勢によるらしい。

二本足で立つことは難しい。だが人間の祖先はやり遂げた。お陰でそれ以降それほどの苦労もなく二本足で立って歩くことが出来る。

それもちゃんと立つ、真っ直ぐに立たれるとそれだけで相手に入っていけない。ちゃんと立てていれば相手に触れただけで相手は投げられる。そういうポジションがある。

ちゃんと立てたら呼吸が変わる。おだやかな呼吸になる。力みは消える。
そしたら流れはよくなる。

お互い相手の状況を感知するのは呼吸によると考えている。だがぶつからない力の先生は「何かを出している」という。

流れがよくなったら意識とおり意識が流れるだろう。

先日、ぶつからない力の先生は車の全面だけが曇らないということを書いた。

これはそういう状態にある、気がよく流れる状態にある。常時、力みが抜けていることなのであろう。



シワは取れるのか?

シワ治療として美容クリニックで行われている「ボトックス注射」というのがある。一般的に行われているだという。

筆者は昨年ある講演会で始めて知った。実際にボトックス注射もアルバイトで?やっている大学の先生だった。シワは消すことは出来ません、ただ見えにくくしているだけだと聞きました。

やっていることは食中毒の原因菌で知られるボツリヌス菌毒素から抽出した成分を、シワが気になる場所に注射するというシワの治療だという。

ボトックス注射で注入されるボツリヌス菌毒素には筋肉の動きを抑制する効果があり、目じりの笑いジワ・眉間の縦しわ・額の横ジワ等の原因となる表情筋の動きを麻痺・抑制することでシワを見えにくくすろらしい。

女性の美に対する執念はすざまじいものがある。このボトックス注射は1部分で3万~6万円、顔全体では通常15万~35万掛かるとか。効果はだいたい半年くらいでしかも大変痛いものだという。

このボトックスが表情筋を麻痺弛緩させる方法であるが、逆に硬化させてシワを見えにくくするマッサージもある。

頬骨・顎等の骨格の廻りを強い刺激を入れるマッサージの本が出た。著者らしい顔写真が表紙になっている。1冊目2冊目を見かけて固い表情だなあと思っていた。3冊目が出た。その表紙写真は笑顔であった。だが硬い笑顔だった。

こんな硬い表情になってどうするの?
全然、人間らしくないじゃないか?

この本は大分有名になっているらしい。外国にいる日本女性が、マッサージも受けられないし本も読めないと焦ってミキシイに書いていた。

昨年11月に3編も書いたほうれい線である。ほうれい線は加齢・老化・老け顔の象徴として金儲けの道具にしている。

ほうれい線は法令あるいは豊齢とも書く。バランスの取れたほうれい線は人相学では健康長寿の相とする。文字通り豊齢である。ほうれい線消すものに非ずである。

顔の表情筋を弛緩麻痺あるいは硬化麻痺させてシワを見えなくするなんてどこかおかしいではないか。強い刺激は内臓に悪い刺激がいくだろう。

ストレスで顔面を固くしているからシワも深くなる。マッサージをするならソフトなソフトなマッサージがいい。自分の顔だもの自分でソフトなマッサージをやればいい。

年と共に豊かな表情を作っていきたいものと考えている。


意識は毛穴を流通するらしい

重症の五十肩の女性を治療したことがある。5年も前のことである。五十肩は得意だった。というより三人ほど立て続けて簡単によくなったので天狗になっていただけのことである。

やっても20度ぐらい腕が上がるようになっただけだった。筆者の得意のワーク「両手合掌ゆらし」だけで大抵の五十肩は腕が上がるようになる。だがこの患者さんそうではなかった。岩盤鉄壁の背中だった。こういう方が実際にいるのだ。この辺のことはHPの随想に載っている。

人間はイヤなことをやっているとき呼吸を止めてやっていることがある。好きなことをやっているときも呼吸を止めているときがある。文字通り寝食を忘れてやっている。

前者はイヤなことだから当然身体にとってストレスになる。悪い刺激が内臓に影響がいかないように筋肉を固くする。それが続いて岩盤鉄壁一枚岩になってくる。

好きなことを一心不乱にやっているときはエネルギーの消耗が少ない。酸素も栄養分もあまり必要としなくなる。消化・排泄にエネルギーを使わなくなる。従って呼吸もそれほど必要でなくなる。

お釈迦様の修業された断食・断息・断眠も本来はそれを目指したものだったのだに違いない。だが修業としてその部分だけ取り出して行うとなるとそれは難行苦行になってしまう。

筆者はぶつからない力の稽古に通っている。ここの先生と車にご一緒したときのことを書いた。車の全面のガラスだけ曇らず左右と後のガラスは曇っていた。それが何故だろうと不思議に思った。今朝目が覚めたときにわかった。

そうか、車の運転をされているから意識は前にいっている。つまり身体の前面の細胞は前方注意に動員されている。左右と後面の細胞が呼吸に動員されいるのだ。先生は普段、呼吸をしていることがわからないくらい小さい。必要な呼吸はほとんど皮膚でやっているらしい。

単細胞時代、栄養分も酸素も水分も全部皮膚つまりは細胞膜を通してやっていた。排泄も同じである。60兆個の細胞とかいわれる生物に進化しても、個々の細胞にその機能は残っている。

昔、夜学にいっているときある先生がいった。
「とにかく出て来なさい。眠っていてもいい。それでも毛穴から必ず吸収されるものがあるんだ」その先生はどこまでわかっていったのか疑問だが人の意識は毛穴から出入りするものらしい。

これが実際に使えるようになる、意識的に毛穴が使えるようになったら筆者の技も進歩するだろう。


坊主頭の観察

電車等で坊主頭を見かけるとじっくり観察させてもらっている。このことは昨年も曙のボコボコ頭を主題にして書いた。

孫悟空の頭の輪っかも触れたが、中国人は頭蓋骨の拡がりがよくないことを知っていたのかも知れない。いうことを聞かず悪さをすると三蔵法師のお呪いを唱えれて苦しむという設定になっている。

何かの影響で頭蓋骨が拡がろうとする。前にも書いたが人間の身体は縦方向には強くなるようになっている。横の拡がる力に対しては弱いのである。
日本人もこの横の拡がりがよくないということを知って、ハチマキを発明した。

だがこの三次元世界は遠心性・求心性の力が同時に働いている。拡がる力と縮む力が同時にある。

この両方の力が頭にも働いている。坊主頭はその観察にもってこいなのである。筆者にとっては頭の体操になる。

後頭部の下に帯状のふくらみのある方がいる。これは心理的な悩みからかもしれない。あるいは骨盤の歪みからかもしれない。

それと同じく後頭部の下がお饅頭のようにふくらんでいる方もいる。これは何故だろう。

頭部は身体の最上部にある。位置からいくと遠心性、形からは丸いから求心性ということになる。

食べ物で考えると動物性の脂肪ではないかと考えている。バターかな?いや霜降りの上等の肉が好きだったのかもしれない。

血液は食物からつくられる。血液は体中を廻るけど食べたものの陰陽によって落ち着く場所がある。

合気道開祖植芝盛平翁の口癖の一つに○△□がある。この○△□の陰陽序列・遠心性・求心性の序列も面白い。








O脚の改善

ミクシイで「O脚磁力改善トピック」を立ち上げた。1/30にことである。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14820568&comm_id=1406002
まだ書き込みはない。

同時に2/10当ブログにも同趣旨で書き込んだところ始めて応募者があった。
http://nmk.blog4.fc2.com/blog-entry-827.html

以下送ったメールの書いておく。

O脚自力改善プロジェクトにご参加頂き有難う御座います。

一直線平行歩きは身体の歪み調整に絶大な威力を発揮します。

お近くに背骨を見れる方がいらっしゃったら、
やる前とやった後で比較するとすぐわかります。

10メートル歩いただけでも背骨の曲がりが取れてきます。

ただ、今までと違う筋肉を使うことになります。
ふくらはぎ辺りが筋肉痛になる場合があります。
やっていればその内に慣れますが、少し宛慣らすようにしてください。
例えば自宅ー駅の間は必ず実行するとかして毎日おやりください。

そして徐々に一直線平行歩きの距離を増やしてください。
やっていると歪みが取れてきます。
肩こり腰痛・膝痛もなくなってきます。

ボクの場合、膝が痛くて駅の階段の上り下りがきつくて歩けなくなったらどうしようとか、朝起きあがれなおほど腰痛もありました。その他にも軽症・中症は何回もやっております。

膝が痛くて治療してもらったら痛みが消えたのですが、
駅まで10分歩いただけで痛みは戻ってしまいました。

そのとき、下手くそ!と思ったのですが
今は自分の歩き方が悪かったのだといえます。
今のところ膝痛もなく腰痛もなく全く大丈夫です。

まず検査をしてご自分の左手でどのくらい空いているか見てください。
膝に力を入れたとき、入れないときと
両方見ておいた方がいいかも知れません。

疑問が生じましたら、いつでもご連絡ください。



ことばは意識の貯金箱

言霊ワークショップというのに出席した。

愛と憎という文字を胸に当てその影響をOリング・体感・脈拍・呼吸でチエックした。

筆者はこころとからだと呼吸はひとつのものといっている。それを具体的に証明するようなワークだった。

体感と呼吸は予想通りだったが、脈拍は脈が取れにくくて失敗した。かなり強めに当てないとわからなくなる。

Oリングも失敗というかおたがいにわかりにくかった。ペアになった方とお互い力が入ってしまった。

愛と憎という文字をどっちがきたかわからないようにして胸に当てて同じようにやった。結果はわかっていた。

筆者も同じような実験をやっているし、ワークにも取り入れている。

自分を癒してくれることばを各自が黒板に書いた。

「大丈夫」ということばでダメな人がいる。「頑張れ」というと動けない人もいる。「ありがとう」というと反発する人が2割もいるとか。
人によって受け止め方が違う。同じことばでも反応が違ってくる。

「肩こり方はいますか」というと手を上げた方がいた。講師が黒板に書かれたことばの中から一つ選んだ。それを称えさせると楽になった

「どうやって選んですか?ひとりOリングですか?」
「自分の呼吸で選びました」

ことばや文字は意識の貯金箱と書いたことがある。古人の意識とこれまでそのことばや文字を使ってきた人々の意識エネルギーの集積体である。



右首筋が固い

人間、オギャーと生まれてから吐く・吸うという呼吸作用は陰陽・緊張と弛緩の出発点である。

身体は全身呼吸器官であるといっていい。身体の右側が固くなるとそれは右鼻に出る。わかりやすいのは小鼻のつけ根部分である。

全体として固くなっていればわかりやすい。右と左を比べてみればわかる。
触っていれば微妙な変化もわかってくる。細い糸より細い感じで固くなっているときもある。

左右小鼻のつけ根に人差し指を当ててゆっくり呼吸をしていると固かった部分がゆるんできた。

今の季節もそうだが季節の変わり目になると大抵首筋が固くなっている方が多い。筆者も右首筋が固くなっている。

いろいろやって楽になってはいる。右二の腕が固くなっていることに気が付いた。ぶつからない力の稽古のせいもある。受けを取るときも技を出すときも右側が力みやすい。

これも首筋と関係しているだろう。それを緩めるために手首のブラブラやキラキラ星等、以前やっていた方の三点セットもやった。

それと骨叩き、これが割とよく効く。手首部分と肘に近い部分をトントンと軽くリズミカルに叩く。

叩く方向がある。親指側から小指側に向かって叩く。二の腕が幾分やわらかくなってくると、首筋もそれにつれてやわらかくなってくる。

それでもまだ右首筋の固いのが残っている。これはもう日常の右側酷使の部分だろう。


顎髭をしごく

先日「順と逆」を書いた。

順というのは身体のバランスが整う方向とバランスをくずす方向性が逆と考えている。

数年前、手技の講習会で講師が刷毛で腕を数回なでてバランスを調整して見せたことがあった。

へエーこんなやり方あるんだとビックリした。だが原理がわかると別に難しいことはない。

あるメルマガで上がり防止法の最後にやるとよいとして顎の突端と鼻の下上唇をグリグリともめというのがあった。

だがやってみるとバランスが調わない。顎も上唇も中央部に寄せるような動きならばいい。

触っていると顎の骨凹みがあったり右と左でも少々形状が違っている。
カークダグラスという俳優さんは顎の中央部が随分凹んでいた。

もみ込むにしてもいい方向があるはずだと試してわかった。グリグリもむとしたら顎は正中ラインを下の方に、上唇は同じく正中ラインを上に向かってもむといい。

子供の頃、祖父が顎髭をしごいていた記憶がある。見事な白髭を蓄えていた。時々やっていた。この動きは順の動きであり身体のバランスを調える。

祖父はそんなことは知らないから無意識的にやっていたのだろう。髭がなくとも顎つまみをやったらいい。



怪物はパンクするかも

鼻は後天的生命力を示すところと考えている。全身の歪みの状況が鼻に集結する。鼻筋の通ったいい男ということばある。鼻筋が通っているということは左右対称であり健康であることの証明と見ていい。

昨年のジャイアンツ上原投手の鼻を見て開幕敗戦投手と予測した。予測は外れて勝利投手になったがその後低迷は続いた。

野茂英雄投手の若いときの鼻は見事であった。だが大リーグからマイナーリーグ契約となった頃の写真では鼻の形が大きく変わっている。日米16年間投げ続けた結果と見ている。

松坂大輔投手の方は謎の魔球を操る東洋の剛速球投手として人気である。だが最近の写真で鼻の形が気になっている。野茂の鼻と似た症状が見られる。

勿論、写真のカメラアングルや光線の具合で見誤ることもある。最近何枚かの新聞写真が気になっている。150キロを投げる投手の宿命かも知れない。

怪物と呼ばれた男である。まだまだ活躍するだろう。だが野茂以上の成績が残せるか?野茂以上の年数投げ続けられるか?筆者は疑問を感じている。

投げ続けるためには腕のいいトレーナーか整体師による身体の手入れが必要だろう。

何しろ怪物である。筆者の心配が杞憂に終わることを願っている。


野茂英雄1968年生まれトルネード投法で知られる。
日本に於ける成績は78勝46敗1セーブその後26歳で渡米
アメリカでの成績は123勝109敗通算201勝を成し遂げた。
日本では新人王・最多勝投手4回・最多奪三振4回・最優秀防御率1回・沢村賞

松坂大輔1980年生まれ平成の怪物という異名を持つ。6年で5200万ドル(約61億円)でレッドソックスと契約。
日本に於ける成績は108勝60勝1セーブ野茂と同じく26歳で大リーグへ。
新人王・最多勝投手3回・最優秀防御率2回・最多奪三振4回・沢村賞


首がコリました

朝、起きると右首付根部分に違和感コリ感がある。

昨日のぶつからない力の稽古のせいかもしれない。普通だと稽古が終わるとバランスが調ってくる。

ここの稽古をやっているとお互い敏感になってくる。センサーが磨かれてくる。そうするとお互い技の効きが悪くなってくる。

筆者の場合、フンワリタッチだと気持ちよく投げられるが、イヤなタッチだと抵抗してしまう。それも段々厳しくなっているのかもしれない。

首のコリが発生するような受けでは困るし、もっと受けの工夫をせずばなるまい。

耳を引っ張ると首のコリが取れますよといっている。それで早速試してみる。
3割・4割は取れた感じである。

耳の引っ張り方もいろいろあることがわかったいる。上の部分は前から下に曲げて横に引っ張るといいし、下の部分は前から上に曲げて引っ張るといい。

だが3割・4割取れた状態方から、先へはなかなか進まない。
「合掌両手ゆらし」「お釈迦様ゆらし」もやった。

それから「伸筋つまみ」である。伸筋を筋肉の流れに添ってつまむといい。
これで後2割くらいところまできた。ここまでくれマアマアOK、よしとした。


陰と陽

隆鼻術といわれるものがあった。最近はあまり見かけない。

どうも近年、日本人の鼻が高くなったように思われる。

鼻は後天的生命力を表し、耳は先天的生命力を表していると書いた。

マクロビオテイックの陰陽論がある。求心性を陽、遠心性を陰として万物を切り分けた。

お母さんが身ごもったとき、芋類を多食すると鼻の低い子供が生まれると聞いたことがある。芋は地中に育つも丸く中心を目指さず、陰性であり遠心性の作用がある。

この分類はわかりやすい。漢方系の陰陽論と若干異なるところがある。
例えば五蔵六腑の蔵を陽とし、腸や胃など陰としている。

中味が詰まっているものは求心性の力が働いていると見るのである。漢方系陰陽論は逆に蔵は陰とし、腑は陽としている。

外人の鼻は何故高いのか?動物性の食品を多く摂ったが故に、陽性の力つまり締め付ける力が働いていると見る。

それが顔面に働けば中央部にある鼻は飛び出して来て当然と見る。

この求心性の力は骨盤に働いている。歩いている外人を観察するとあまり腰が揺れていない。

比較すると日本人の腰はよく揺れて見える。古来、日本人は肉食はあまり摂ってこなかった。ほとんど植物性の食品つまりは陰性食品がほとんであった。故に遠心性作用が働いていると見る。

肉類や砂糖に代表される極陽・極陰を大量に消費するようになって、それに比例して癌が増加してきている。

「食物が人の身体をつくり心をつくる」というマクロビオテイックの考え方はもっと普及していい。日本人の食生活が洋風化して人相も変わってきている。


噛み合わせは大事、歩き方も大事

自然歯科を標榜する歯医者さんの話を聞いた。

歯の治療というのは必要最小限のことだけやっていることがベストですよという。歯を削って痛いというのはそれ以上削るなという歯の命の叫び声です。

麻酔を掛ければなんぼでも削れるが、それは歯を殺すことです。
神経を取れば枯れ木と同じで歯がもろくなり折れやすくなる。
歯を入れれば噛み合わせが不安定になりやすく、それが歯も体もダメにしていく。
歯科医療に伴う噛み合わせの不調和が原因で頭痛・肩こり・腰痛、果ては脳溢血まで引き起こす。

歯科医療は自然の時間変化に比べ大きな変化を与えますので体が付いて行けずバランスを崩し上記のようなことがおこります。

治療は噛み合わせを変えないように、最小限に少し宛体を馴染ませながら行わねばなりません。

いままで受けた治療とはまるで違ったそれこそ目からウロコのお話しだった。
人体は刺激に反応してゆがんでくる。それに対応してバランスを調えようとする働きもある。

奥歯1本に50キロ・60キロの負荷が掛かるということ効いていた。噛み合わせ不良で頭痛・腰痛の話も知っていた。だから必要最小限、出来るだけいじらないというのは初めてだった。

だが筆者聞いていて思った。歯医者さんだから歯からの観点でお話しをされる。それは仕方がない。

噛み合わせと同等以上に歩き方が大事ではないか?片足に50キロ・60キロの負荷が掛かる。歩き方で頭痛・腰痛・その他の内科疾患も引き起こすことにつながるのである。

噛み合わせ不良だって身体のゆがみのしわ寄せから来る場合もある。
無論、噛み合わせ不良が身体のゆがみを引き起こす。

大事なことは身体の歪みが、いろんな病気の根本原因になっているということである。そしてそれが歩き方と関係していることである。


陰陽五行説ー2

陰陽五行説に「相生・相剋」という考え方がある。

木を燃せば火を生ずる木生火という。以下火生土・土生金・金生水・水生木と循環する。

これに対して木は土から栄養分を取って生長するから木剋土・土剋水・水剋火・火剋金・金木となる。

相剋の方はこの前実験している内にわかった。ならば相生もわかるはずだと試してみた。

木ー火ー土ー金ー水
青ー赤ー黄ー白ー黒
肝ー心ー脾ー肺ー腎

例えば黒のエネルギーを必要としているとき、白でOKになる。白がOKとなると黄というように順繰りに木ー火ー土ー金ー水と廻る。一巡するとそれで終わりになるらしい。

まだ不明の点があるが、古伝通り相生の関係が存在することはわかった。
それにしても人間の身体は色に対して敏感に反応する。



身体が敏感に反応するのは

整体師Oさん、身体が固い。食べ物もいいもの喰っていない。かっては牛丼を食べ続けた人である。

だが血液サラサラで感覚もシャープである。何故なんだと、しっくりきていなかった。

感覚がシャープというのは腕時計の実験からそう考えた。多くの腕時計は悪さをすんです。

仰臥位で腕時計を胸に載せる。するとバンザイ検査で左腕がベットと直角になってしまう。

身体の固い人は血流が流れにくい状態にある。それでは身体の方は困るからサラサラにして血液量を確保しているのではないか?

これでいくと身体の固い人ほど血液はサラサラということになる。果たして合っているかどうか?

腕時計で敏感に反応するのも、身体の方でこれ以上血管を締めるようなことは止めてくれというシグナルであろう。これは納得できた。

身体の固い方ほど大きく反応するはずである。ストレスは万病の元といわれるのも当然であろう。

身体が固くなると関節がゆるむということはわかっている。これも血流を維持しようとする身体の働きと筆者は考えている。

徳川家康が武田信玄と戦ったとき鎧袖一触、命からがら逃げ出した。そのとき馬上で脱糞したという有名な話がある。恐怖のあまり肛門までゆるんだということだ。家康はそのときの惨めな姿を絵(しかみの像)にして生涯の教訓にしたという。

ぶつからない力の稽古でも関節の抜けが大きなテーマになっている。力みは身体に取ってはストレスなのである。

技を仕掛けようとして力んでしまう。相手が苦手と思うだけで力みが出る。強く握られれば身体が勝手に反応する。この辺まではまだ自覚できる。

相手に見られるだけで、相手が勝手にイメージだけでこっちの身体が反応する。こっち気がつかないのに勝手に身体が反応するらしい。

それも身体にとってはストレスなのである。ここでの稽古は実に大変なことをやっている。





一直線歩きと一直線平行歩き

「一直線歩きのとき後ろ足はどう動かすんですか?歩けないですよ」という質問を受けた。

一直線上に両足があると前足に後の爪先がぶつかるではないかというわけである。

五年前、呼吸塾のHPを立ち上げたとき「一直線歩き」と書いてそのままにしてある。それ以外では「一直線平行歩き」といったり書いたりしている。

一直線歩きはゆがみ修正効果が断然高い。ただこれは短距離もしくは極短時間用と考えている。

普段は一直線平行歩きの方が歩きやすいし、こっちがおすすめである。ただしX脚にはムリだろう。

いわれて久し振りに一直線歩きを歩いてみる。後ろ足をどう動かしているか観察したが、後ろ足の軌跡より内側に感覚が行く。

特別違和感はなく、脚の内側、踝から膝にかけて締まってくる感覚がある。新鮮な感覚だった。

後ろ足の軌跡はつかみにくい。外側に逃げて回り込んでいるような感じはない。若干、ハの字になる。それで後ろ足が前足にぶつかるのを逃げているのかも知れない。

筆者は一直線平行歩きによってO脚を改善した。時間は掛かったが、今は両膝楽にくっつく。

一直線歩きも一直線平行歩きも左右対称シンメトリーの動きである。これが身体のバランスを調える。

ことによったら外反母趾に有効かも知れない。

それで
0脚改善プロジエクトを立ち上げた。だがまだ応募者は出ていない。