やわらかい方が流れはよくなる

人間関係とストローク自主研究会でお話しさせていただいた。
その時に方位による立位体前屈テストをやった。

東西南北どの方位が一番やわらかくなるかである。最初はどうもわからない方が多かった。方位によって柔軟性が変化するなんて考えていらっしゃらない筈だ。

その前に椎骨をお互いにチエックしてもらった。ほとんどの方がこれも初めての体験だろう。

椎骨チエックは最初は難しいが慣れてくれば割と簡単である。筆者が指を添えていっしょに上から下へ滑らせると皆さんおわかりになった。

当日は今冬一番寒い日とかで、椎骨はみなさんジグザグよく曲がっていた。
それもあってか皆さん固い。

そこでやわらかくすれば反応もよくなるだろうと考えた。

指反らし・両足交差前屈をやってやわらかくしておいてまたやわらかなる方位を見ると、北がやわらかくなる方と南がやわらかくなる方にわかれた。

そこで「合掌+方位+ゆっくり呼吸30回」やってもらうとまた身体がやわらかくなっている。椎骨も真っ直ぐになってきている。

身体が固いと反応が鈍くなる。ここでもオームの法則が物をいう。
身体がやわらかくなってしかもバランスが整うと流れがよくなるのだ。

「なんで北と南が出るんですか」という質問があった。
「多分、腰の反り具合から来るのでしょう。私は前は南だったのですが、最近は北向きに変わりました」


気は血の帥、血は気の母

東洋医学「気は血の帥。気行ればすなわち血行る。
血は気の母。血至れば気また至る」ということばがある。

気は血をコントロールし血は気を生み出すものといっている。

整体師Oさんの身体は固い。だが血液はサラサラであるし、身体の反応はシャープである。

身体の反応がシャープであるというのは筆者の施術を受けてきて感覚が敏感になってきたということはある。筆者の悪さをする腕時計を胸の上に載せるとベットに対して直角になるくらいに反応する。

自分の身体が今以上に固くなるのはイヤという拒絶反応である。これは敏感になって当然のケースである。

ぶつからない力の稽古に参加されている方で筋トレをされている方がいる。久し振りに手を合わせたOOさんもそのお一人である。運動神経抜群の方である。

人体の大きな関節は股関節と肩関節である。ここが抜けると技にならない。こちらの力が相手に伝わらなくなる。

力みが発生すると抜け現象が出る。これは身体がこれ以上固くなるのはイヤという反応ー自動的生理現象と見る。

筋トレを行うと関節が固まってくる。やり方次第で「身体全体で動く・一体化して動く」という面で有効と考えている。

ところが、ある限界をオーバーすると気が流れにくくなるらし。オームの法則が働き出すと見ている。抵抗が大きいと電流は流れにくいという現象である。

力みはその瞬間だけであるが、筋トレによって筋肉が固くなった場合も流れにくくなることも考えられる。

速くやるのはまだいい。運動神経で対応できる。ゆっくりやると流れにくくなるらしい。技が止まる。

筋トレをやって且つ柔軟性をも持たせることが可能なのかどうか筆者はしらない。だが柔軟性を落とさないような筋トレ、柔軟性を維持しながら負荷を増やしていくことを考えたほうがいいように思う。

筋肉が固くなれば血は流れにくくなるし当然、気も流れにくくなるだろう。

気を先に流せば血の流れもついていく身体もついていく。それが技につながる。

人間関係とストローク自主研究会でお話ししたこと


1 ストレスというのは歪みである。

① 身体に合わないものはストレスになる。物品との相性ーミルク・レモン・コンビニ弁当
② ストレスは歪みとなって身体に表現される 
③ 歪みは目に見えるものである・ストレスは目で見えるものである。

日本にはからだことばというのがあって呼吸・からだ・こころの状態を表現
している。
例  柳眉を逆立てる・眉をつり上げる・耳をそばだてる・歯を食いしばる
   胸が締め付けられる・胸が張り裂ける・胸が痛む
   腹が立つ・はらわたが煮えくりかえる・断腸の思い

しこりは思凝り・・・・よく使うところ負荷を掛けたところが硬くなる
  コリ・ハリが歪みをつくる  重心の偏りを生ずる 

身体は内界(怒・恐・憎・悲)と外界(風・熱。湿・燥・寒)の表現体である。

直立2足歩行はヒトの原点であり左右対称生は生命の基準である。ー歪みの出やすい姿勢
身体はこれ全身呼吸器官である。肺自体は動かない。

2 耳と鼻   
  耳は先天的生命力 ・・・腎・・・ 福耳はなぜ出来るか?
鼻は後天的生命力・・・呼吸の出先機関 ・ストレスによる呼吸の変化は鼻に現れる
  シンメトリーの男・・・鎖骨水平・鼻筋の通ったいい男
  目は肝臓ー大食

3 実習
   イ 椎骨の見方 
   ロ 重心ー右か左か?右肝・左心
   ハ 方位ー南北 立位体前屈で最適方位
   ハ 指反らし
   ニ 首倒し・首廻し
   ホ 胴ぶるい・茶筒 
   ヘ カラーテープ 
   ト 合掌+方位+ゆっくり呼吸
   チ 椎骨の確認  
  

五蔵の色体表

「人間関係とストローク自主研修会」でお話しをさせて頂くことになっている。

テーマは「五蔵の色体表とストレス診断」である。
カラーによって人間の身体が影響を受けることはわかっている。

カラーで人間の身体がゆがんだり整ったりする。色紙を買ってきて実験をやっていると気がついた。

今日の筆者は青のエネルギーが不足している。
青に触れるとバランスが整う。
2~3呼吸後、チエックするとまた歪みが出ている。

今度は青ではない。黄色のエネルギーが不足と出た。
同じように2~3呼吸してチエックをするとまた歪みが出ている。

今度は黒のエネルギー不足となる。
同じことを繰り返していくと黒の次は赤、その次は白と五色一巡してバランスが整った。

この流れを見ると五蔵の色体表における相剋の流れになっていることに気がついた。

剋は勝つ・決める・定める・苦しめるとかいう意味である。
今更ながら、またも古人の智慧・感覚に驚く。


長岡式はやはりいい

こころとからだと呼吸はひとつのものといっている。
食はどうなんだと問われるときがある。

単細胞時代は酸素も水分も食べ物もみな皮膚から取り入れていた。その名残で皮膚呼吸と発汗作用だけが今も残っている。

入れるものも出すものも、両方とも皮膚を通しておこなっていたのである。

心・身・息不二というときは正三角形のイメージである。
だが食も加えて正三角錐の四面を例えていったほうがわかりやすい。

一面を見てると他の三面は隠れる。これは反転図形の理屈と同じだ。
人は一面からのみで解釈する人が多い。その方が簡単明瞭で受け入れられやすい。

ここのところ数日朝、目が覚めたとき書くことが纏まっていない。
纏まっていないどころか内容が全然思い浮かばない日が続いていた。

どうも食事を換えたせいらしい。もらった白米があって1ヶ月というものそれを喰っていた。

そしたらどうも頭の働きが鈍ってきた感じがする。
頭がスッキリしない。それと目が悪くなってきた。新聞の文字が読みにくいし黒板の文字も読みにくい。近視・老眼ともに悪きなったようである。

一昨年の盲腸騒ぎ以降、長岡式酵素玄米を食べてきた。
しばらく喰わなかったせいで長岡式の良さを再認識した。

長期白米はよくないなと改めて思っている。
人と食べ物には相性がある。玄米より白米の方がいいと説く方もいるが筆者には玄米が合っている。

いろんな玄米食の中でも長岡式が合っているらしい。
今日久し振りに長岡式酵素玄米を食べて落ち着いた。



技に呼吸を絡ませる

ぶつからない力の稽古で相手の腕を握ってくずす練習。
握るときは一応は自分で強さを制御できるとみな考えている。

ソフトにソフトに握れば相手は動いてくれる。
強く握れば相手に抵抗が発生する。

握る強さも相手によって異なるも、要は相手に違和感を感じさせなければいい。
それは自分で思っているより弱い力である。

弱過ぎると力だと相手が離れて技にならないと強く握りたくなる。
そうなると相手は動かせない。

逆に握られたときに相手をくずすときも同じことがいえる。
相手にこちらの動きを読まれないように動けば相手もついてくる。

握られたと意識すると自分が固くなって技にならない。この日はやわらかく握ってもらってやっと出来たレベルであった。

小手返しのとき握りしめた拳骨を見ただけで身体が反応して固くなった。
握られた場合は強く握られると全くもって対応できていない。

昔、合気道をやっていた頃、片手取りは随分やったはずなのに、全然その当時の感じが浮かんでこない。

もっとうまく捌いていたような気がする。ここの稽古ではまだまだ時間が掛かりそうである。

筆者の場合はそれに呼吸を絡ませるというテーマが出来た。
軽く呼吸が止まった状態で相手と対せるかということである。



世界の中のに日本人ジョーク集




豪華客船が航海の最中に沈みだした。
船長は乗客に船から海に飛び込むように指示しなければならなかった。

船長はそれぞれの外国人乗客にこういった。
アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」

ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則です」
イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」
フランス人には「飛び込まないでください」

日本人には「みんな飛び込んでいますよ」

この間の納豆のデータ捏造騒ぎは収まって納豆はまた普通に買えるようになった。

それはいいのだが日本人の付和雷同性、やみくもに飛びつく。
自分との相性なんて考えもしない。

納豆にしたって自分に合うものと合わないものがある。

合わないものは身体にとってはストレスなんですよ。
合わないものを摂れば身体によくないですよ。
触れただけで歪みが出ますよと筆者はいっている。


呼吸を調える

この前電話でお話ししたことなのだが、「いま来ているメンバーならみんなエネルギーは使えますよ」とOOさんはいう。

確かにぶつからない力の稽古に、いま来ている皆さんはそれだけセンサーが磨かれてきている。

「今日エネルギー教室の説明会があるので行ってみるかと思っている」
「今更そんなの必要ないでしょう。もう十分使えるんだから」

「でもやり方というか手順みたいなのがあるでしょう」
「だったら貸してあげますよ」

前に行っていたある会の会報誌を貸してもらえることになった。

彼には人のエネルギーというかパワーの強度みたいなのが読めるらしい。
筆者はまだそこまではいっていない。

昔、世話になった方が肝硬変で入院されてどうもよくないと聞いて遠隔治療を試みたことがある。仕事も暇だったので毎日やっていた。そしたら手応えがあって「よくなったから、もういいよ」といわれたような気がして止めた。

合気道をやっていた頃も相手の動きがよく読めたこともあった。

施術をしておって「すごい気が出ていますね」といわれたことはある。
だがいままで特に意識して使ってこなかった。

これからは意識的に使っていこうと思っている。だがそれも呼吸の状態と関係があるらしい。

そもそも「呼吸を調える」というのはそういうことなのであろう。







極め付き「ナマケモノ健康術」

先週の木曜会で聞いたお話である。

ベットでお休みの方のみが対象である。これぞ極めつけ「ナマケモノの健康術」として紹介する。

お話しをされたのは早大名誉教授小林寛さん。
なんとベットに3センチの傾斜をつけるだけで脳梗塞・脳出血の予防になると仰るのである。

脳梗塞や脳出血は夜お休みのときに起きる場合が多いのだそうです。
ベットの頭の方の脚に3センチの板{レンガ・古本・木材など)を挿入するだけ。

寝心地のよさ・寝起きのスッキリ感があり、頭痛や肩こりの特効薬という。

起きているときは重力の作用で自然に心臓に戻るが寝ているときにはそれがない。静脈には弁がないというのは学校で習った記憶がある。

それを3センチの傾斜をつけることで寝ているときも重力が働く。
3センチが最適で、5センチになると寝返りをうつ度にずり落ちる由。

糸川英夫博士は枕の研究をされて300個も試されたが成功されなかったとか。小林寛さんも80個試したがいいものがなかった。

枕ではダメと知り身体ごと傾斜させることを思いついたという。
脚部・体幹部・両腕・頸・頭部の関係は日々刻々変わる。寝ているときは一番いい状態を求めて身体は動く。それに対応できる枕なぞ出来ようはずがない。

70歳以上の方はおすすめしますということであったが、肩こり・頭痛
は若い方だって多い。高血圧・不眠症・目や鼻・耳にもいいはずである。
ボケ防止にもなる。

年配のご婦人の症例を話されたが首・肩のコリ・頭痛が翌々日には、信じられないくらいスッキリしたという。


ことばの力

皇帝ペンギンの映像をTVでやっていた。
皇帝ペンギンの育雛地は南極の海辺を離れた内陸地にある。雌は卵を年に1ヶ生むと、体力を使い果たして、卵を雄に託して餌場へ出かけていく。

雄は卵を両足の上に載せて氷点下60度の中で120日間、飲まず食わず立ちっぱなしで暖め続ける。しかも雌が帰ってくるまでに孵化すると消化器の一部を剥がして雛へ与えるという。

体重は1/3になる、文字通り骨身を削るようにして雛を孵化・育雛を担当する。孵化した雛は雛たちは雛だけのグループを形成するようになる。皇帝ペンギンの雌雄は自分の子供を呼び出して代わる代わる餌を与えてる。親と子の個体識別は鳴き声だという。

「ことばは意識のハンドルである」このことばを聞いたとき、どっかで聞いたことあるような気がした。

後で思い出したのだが確か「名前は土瓶の取っ手である」という本があった。
偽名であるグループに紛れ込んだ犯人が名前を呼ばれてハッとする場面を見たことがある。

ぶつから力の稽古で最近使ったことば「赤ちゃんを抱くように」「患者さんに触れるように」「紙風船を移動させるように」というと技が復活する。

それで力みや緊張が抜ければ復活する。



正座がうまいこと座れた!

正座のとき、お尻をどっかり全部落として座るのでなく紙一枚入れたような感じで座ると聞いていた。

だが全然わからなかった。紙一枚入れたつもりでやってみると、下肢全体が緊張する。それはそれで技を繰り出すとき有効ではある。

それがわかった。脚が固くなっているとわからない。バランスがくずれているとわからない。

固くなっている人は固くなっていることさえ気がつかないことが多い。

合気道でやっている膝行を20年ぶりでやってみた。

これが面白くない。膝の位置が決まらない。元々そうだったのかもしれない。ここへきて感覚だけは磨かれて来てはいる。

OOさんのやっているのも見て、なんではじめたのかと聞いたら股関節の抜けチエックでやっているという。ヘッ、そん使い方があるの!

この前、Yさんと座取り正面打ち一教をやって(これも二〇年ぶり)身体がよく動いた。まだまだいけると思ったのだが膝行はよくない。

正座をするとトレパンの線が中央にこない。身体をゆがませる動きだということだ。

そこでやったのが「膝から足首にかけての前面をつまむ」単純に前に出要る骨の辺りを親指と人差し指もしくは中指でつまめばいい。内側と外側でつまめばいい。

それから正座をするとトレパンの線は膝の中央にくる。そしてお尻とふくらはぎ関係が実にいい。これで技を仕掛けてもうまくいくだろうという感じがする。途中でくずれなければうまくいく。

多分紙一枚という表現に合っていると思う。実にいい。ふわっと座れて気持ちいい。


練習・稽古というのは?

呼吸が大きくなっている。特に息苦しいという感じでなく、最近の細い小さい呼吸に慣れるている。

正常範囲にあるはずなのに、この程度の呼吸でも違和感を感じてしまう。

また腰の反りが出始めたのかなと思った。腰の反りがあると腰と背中が緊張するがそれとは違う。

胸椎の10~12番あたりに少し張りが出ている。
それを違和感として捉えているらしい。

水曜日の稽古の後遺症か?
それとも身体が微妙に変わってきている波及現象か?
それとも履き物のせいか?

足の記憶は短期で消えるものらしい。
底が太鼓状になった健康シューズと平底の普通の靴を交互に履くとその度に違和感がある。前に履いていたのにこの感じは何なんだ。

慣れない靴を履き下ろしたときは足の前面が張ってくることは体験している。

足からの信号でバランスを取るのは小脳だろう。この靴だとこの足使いというような記憶はしないらしい。

足底のの前後角度・内外角度・足先の旋回角度の三つとそれらの左右差がある。そして履き物との関係が加わる。

バランスセンサーとして「メカノレセプター」なるものがある。レセプターだから記憶しない。その都度対応でいいのだ。

ぶつからない力の稽古で技がうまくいったからと、記憶をなぞろうとすると失敗する。あくまでもその都度対応でなければならない。

対応能力を磨く、ベストのものを紡ぎ出す能力を磨くそれが練習・稽古というのであろう。


身体のまとまり

人が大きく見えたり小さく見えたりするときがある。

「大きく見える」OOさんがいった。
逆にボクはOOさんの相手が小さく見えた。

OOさんは自分が止められたからそう見えたのか?
それともボクの見えている部分と別の部分が見えたのか?

それとも相手のwさんが意識の使い分けをしたのか?
それにしてもWさんの進歩のはやいこと目を見張るものがある。

彼が自分をまとめるようなイメージを持ったのか?
意識の使い方で見える大きさが変わることは何回も体験している。

植芝盛平翁はいつも小さく見えていた。それは常に自分をコントロール出来ていた、つまりは股関節も肩関節も抜けがない状態であったということらしい。

野口晴哉も塩田剛三も小柄で小さく見えた。ただその頃は筆者は目が見えていなかった。表面的ものしか見ていなかった。
今お会いしたら身体のまとまりは見えるだろう。

よく日の礼法教室でオヤッと思った。参加された女性ののお一人が同じ感じなのだ。肩・首・頭部が落ち着いて纏まってくると全体としては小さく見える。小さく見えるのだがきれいに見える。身体にの上の空気が澄んで見える。

「肩が変わりましたね」と声を掛けられた。うん?オレも変わったらしい。どうも筆者も変わったから見えてきたらしい。

今まで小さく見えるのは当人の不調から来るものとばかり思ってきた。そういう場合もある。そうでなく小さく見えてもしっかりと身体がまとまった場合もそう見える。それが本日の発見であった。

日本人は小さいということにコンプレックスを抱いているが大事なことはまとまりであり身体の締まりである。

多分、昔の日本人に多かったスタイル?というか身体の有り様だったと思われる。なかでもすぐれた人が名人・達人として名を成したのであろう。


順と逆

「前に行っていた古流の武術に順体法というのあったんですよ」
「それはどんな風にやるんの」
「ここでいうと関節を締めたときといっしょかなあ」

筆者も読んだことがある。
筆者も順・逆を考えているが、筆者の考えと違う。

順というのは身体のバランスが整う方向とバランスをくずす方向性が逆といういい方になる。

力み・緊張があるとエネルギーは流れが悪くなる。それはオームの法則で考えるとわかりやすい。電流I=電圧V/抵抗R

ぶつからない力の稽古で相手の技が切れなくなる。それは緊張・力みを生じて身体バランスがくずれたときである。

だからほんのわずかな刺激でもバランスを整える刺激であれば直ちに復活する。

それは相手に触れなくとも可能である。
直接触れなくとも手を動かして操作することも出来るし、こっちの意識だけでも相手を整えることは可能である。

こっちの視線だけ動かすだけでも可能になる。

順と逆がわかると魔法のように使えるようになる。

これもいま来ているメンバーの鉛直が出来てきてセンサーが磨かれてきているから可能となる。


寒がりの冷え性改善

「今年は暖かいですね」
「ええ、そうですね」

間の抜けた返事をした。説明するのも面倒くさいのでそのまま肯定した。
今年は寒がりの冷え性がひどくなっている。

1月の頭の酷い足の冷えは改善されている。
一か月くらいになるか?コーヒー断ち、それにビールを飲む回数を減らしている。

コーヒーに換えてジンジャーテイを飲んでいる。
ジンジャーというのはしょうがのことである。
辞書を引いてはじめて知った。

しょうがは身体を温める作用があると漢方薬にもよく使われている。
同じジンジャーテイーでも合うものと合わないものがある。

正直村で買ったしょうが紅茶はまあまあである。
小さくジジャーテイーと表示がある。輸入物より合う。

マクロビオテイックのいう「身土不二」自分の住んでいる土地のその季節のものを摂るというのは当然だと思う。

当然と思うがそれに相性の観点が必要だろう。

この前は納豆の大騒ぎで、しばらく買えなかったが納豆にも相性がある。どうせ食べるなら自分に合ったものの方がいい。



足は平行にして歩け

バランスセンサーとして「メカノレセプター」なるものがある。
筆者はこのことばを知らなかった。

人間が二本脚で歩くようになって、このバランスを取る機能が格段に進歩したと考えてきてはいた。

「足半」のことを調べていたら、日本人が靴を履くようになって足の機能が著しく衰えてきたということを知った。

しかも車や電車など歩く時間が激減していることもある。1日一万歩歩けというのも意味がある。だが履き物・歩き方が合っていなければ逆効果になるだろう。

日本の下駄や草履は足の指をしっかり使うように出来ている。特に足半はそうだ。五本指がしっかり使われる。

さて足半を調べていて、履いたときに「踵を着けて歩くとよい」という方と逆に「踵を浮かせて歩くとよい」とする二通りの相反する考えがあった。

筆者は礼法の歩きで踵を着けて歩いた方がよいと思った。だが親指が浮いている人もいるらしい。こういう方はしばらくは踵を浮かせて歩いた方がいいかもしれない。

踵を浮かせて歩いていると、爪先をよく使うことでバレリーナのような身体になると書いてある。この方が一般受けするだろう。

だが前重心でせっかちな方はうんと固い身体になるだろう。

足を平行にして歩けという記事は見あたらない。筆者はこっちの方が重要だろうといいたい。

足半を履いても平行に歩かないと身体のバランスは整ってこない。


発芽玄米

玄米食のことを書いたらコメントがあった。ご自分のやっている発芽玄米のことをその作り方から詳しく書いてくださった。

それに対して筆者の書き込みである。
「コメントありがとうございます。
発芽玄米の方が酵素のてんで優れていると思います。
発芽玄米の元祖は肥田春充だってしっていらっしゃいます?」

折角、親切に書き込んでくださったのに剣突を喰らわせたような感じである。
のどの奥に細い魚の骨が突き刺さっている感じがする。

ご親切だけを頂いておけばよかったのだが、「シッタカブッダ」が邪魔をした。多分この方は肥田春充はしらないだろう。

昔、恵比寿の古本屋さんで肥田春充の「1分間強健法」を買った。確かその本に発芽玄米生食のことが書いてあったと思う。

それでやったことがある。玄米を水に漬けてておいて芽が出始めたころ水を切って喰うのである。

生食が人間の感覚を鋭敏にすると聞いた。火を使うのは人間だけである。そのために生物が持っている本来の感覚が鈍くなっている。生食をやることでそれが復活するのだという。肥田春充はもの凄いそれこそ超人的な感覚の持ち主だったらしい。

美味くない。噛み砕いた玄米の欠片が歯や歯茎にくっついてツブツブと変な感じである。何回かやったことがあるがいつも長続きしなかった。

確かに酵素のことを考えたら発芽玄米が優れている。昨今の流行?もうなづけるものがある。

だがこれも理屈である。理屈も大事だがそれも相性で見た上でのことである。


見事な印形!!!




上の法界定印、見事なものである。こんなに見事な印始めて見た。

拇指の水平ラインが実に美しい。適度な緊張感もあるし見事やなあ!!!

拇指も人差し指もきれいに伸びて見ているだけでスッキリし、シャキットなる。

普通この印を組んでも水平が出ていないし力みが見える。
奈良だ大仏さんだって水平ではない。

右手の上に左手を載せるしきたりのようだが、左利きの方は左手が下の方が落ち着くと思う。

こう書いたものの自分は右手を上にするクセがあることに気がついた。









O脚自力改善プロジェクト

ミクシイでO脚自力改善プロジェクトを立ち上げた、
まだ参加者はいない。当ブログでも応募者を募ります。参加者はコメント欄に書き込んでください。


O脚は自分で直せるものと管理人は考えています。管理人もO脚でどんなに力を入れても両膝はくっつきませんでした。でも今はいろいろ試行錯誤の結果、付けようと思えば楽々つくようになりました。

特定の会場に実際に集まってやるのではありません。
各自の日々生活の中で実行します。
随時ご参加ください。

参加要領
   
参加表明    当企画に参加の表明をしていただきます。
O脚度の測定  ご自身の左手の拇指以外の4指で測定し
           ます。
        1 2指~5指以上
        2 3指~5指
        3 4指~5指
        4 5指以下

目標    自分の意志で両膝を楽に付けることが出来る。
期限    一年間
改善の手法 1 一直線平行歩き 
        1~3センチの直線を想定し、その直線上を
        足の内側を平行にして歩きます。
      2 お風呂で正座する。両太股は平行をキープす
        る。
        あるいは両膝を開き太股平行で膝立ちしゆっく
        り腰を下ろす動作を繰り返してもよい。
      3 その他ご自身の選択したのボデイワーク等
質問及び変化の報告 
      随時書き込んでください。
      最低限、6ヶ月後・12ヶ月後には必ず結果を
      書き込んでください。

注意  ・整体・カイロ等の治療・施術は含みません。
      ただ途中で腰痛等の治療を行ったというのはOK
      とします。
     ・あくまでも自己責任で行うこと。


「足半」履いています




「足半」あしなかを検索すると13万件もヒットする。

古来、日本では戦場での履き物であり、武士の履き物として常用されていたという。50年くらい前まで農村で使われており、現在では使われているのは鵜匠だけが使って由。

なんでこんなに奇妙な履き物が用いられたのか?奇妙と思うのが現代の常識である。

筆者は室内履きとして使っている。指先が外に出て指5本に均等にというかいい具合に力が入る。身体のバランスが巧まずして整う。

よくこんな物を考えたなと思うのだが昔の日本人にとって当たり前の感覚だったのであろう。筆者は履いてみても当初、よくわからなかった。だがチエックすると歪みが取れている。

外反拇指、O脚、膝痛、腰痛、冷え性、等々にいいし、ダイエット・美脚効果も望めるとある。

筆者の買ったのは布製3,000円である。検索で650円のもあるし、絹製の物もあった。

現代の日本人は足指の機能低下を起している。
それは日本人が靴を履きだしたことに起因すという説がある。

古来、日本人の履き物は足指を使うものだった。それが靴に変わった。靴は踵を固定して履くものであり、それを下駄や草履の感覚で履いていることが問題なのだという。

日本人は靴というものを履きこなしていないらしい。




気には方向がある

「悪い点を直そうと考えてはいけない。悪い点を思い出すのが上手になるだけだ」ぶつからない力の稽古で先先週いわれたことである。

同じようなことは前からいわれていたような気がする。同じことをいわれてもバシッと入るときとスーッと抜けるときがある。

意外に思うかもしれない。意識が内に向かうとき、気が流れが悪くなる、というより外に向かって流れなければ気の技は使えない。

自分の姿勢を考えるときは観察し感じなければ始まらない。ところがこの技に関してはそれが邪魔をする。

身体の出来ていないとき、身体を作るという面では有効なのだが気を遣うときはマイナスに働く。

ことばの波動ー2に書いたが人間の身体はことばに反応する。
「やらせていただきます」がトップで「何も考えない」2番目だった。

意識を操るのはことばである。何も考えないが中立とすれば気が内に向かうか外に向かうかである。

通常は何も考えないということはない。あったとしても一瞬である。それ以外は何かを考えている。

技を仕掛けているときは考えながらやると技にならない。ゆっくりであっても気は相手に向けて流し続づけて技になる。


筋トレがうまくいく

筋トレはやらない方がいいという考えがある。スポーツや武術世界でもそうだ。筋肉を固くし力は強くなっても動きが固くなったら逆効果だ。

だが「物は使いよう」で筋トレも役に立つ。ぶつからない力の稽古でも二人、成功したと見ている。

ミクシイに書いたが、中山博道(剣・杖・居合三道範士)は五キロの重しを付けて稽古したという。

中村天風先生はインドでの修業中やはり何キロかの石を背負わされたと聞いている。

三浦雄一路さんが片足五キロの重りをつけていることはよく知られている。常用の登山靴左右で10キロ?更に20キロの鉄亜鈴を背負って歩くことあるとか。

友人で自家製の振り棒で鍛えている方がいる。彼も筋トレがうまくいっている口だ。5キロから始めて今は0キロとか。これは片手用の振り棒である。

この前、ギックリ腰をやっている。多分、知らずして呼吸を違えたはずだ。右利きの場合は右手でやるときは間違わないが左手でやるとき間違うことがある。

重さを増やした時にそれが出たと推理している。筆者も同じようなことつい一月くらい前やっているから書ける。

筋トレでうまくいっているのは、筋トレを筋トレなぞと考えていないと思われる。「身体全体で動く」と考えているかどうかは別にしてそれが出来るようになる。

わがものと思えば軽し笠の雪


薬指は指紋部を挟め

「指先を軽く伸ばした状態で小指だけ曲げるのはかなり難しい。筆者は右手は出来るが左手は出来ない」と1/21書いた。

それをなんとかしたいと考えて指を触っていて気がついたことがある。
第一関節から先が固いのだ。手もそう、足もそう。

毛細血管は指先にあって動脈から静脈に変わる場所である。それがこんなに固いようでは血液循環が悪くなって当たり前と考えた。

健康は血液の量×血液の質で決まる。
新潟医大の安保教授と福田医師の爪押し健康法の本が随分出ている。始めて真面目にやってみる気になった。

薬指だけは別の作用があるのでやるなと書いてある。
薬指は指紋部をつまめばよい。指の関節のところもいい。表側でなく裏側屈筋をつまめばいいようだ。

薬指1本他の指4本と拮抗しているらしい。ならば薬指の腹側やってもいいかもしれない。

それと筆者の気にする呼吸も気にしなくていい。呼気でもいいし、吸気でもいい。

やっていると手が全体にスッキリ軽くなってくる。薬指だけででこんなに軽くなるなんて思ってもみなかった。

人体の多くの部分はは呼気・吸気のどちらかと関係するのだが薬指の腹側はその数少ない部分の一つである。だから気楽につまめばいい。

手や足の冷える方は試してみるといい。


体質改善は食べ物から

右耳がしもやけになった。子供の頃、手がしもやけになった記憶がある。
耳は血管の数が一番少ないと聞いている。血液循環が悪くなっているらしい。

1月の頭、冷え性になって足首・膝の冷えに困った。
筆者は寒さに強かった時代がある。いまは空っきし弱い。冷え性の寒がり屋になってしまった。

冷え性は体質的なものである。
体質を作るものは食べ物である。

陰性の食品を摂りすぎると冷え性になるよ、マクロビオテイックではいう。
筆者の摂っているもので陰性の物とといえばコーヒーとビールがある。
砂糖も陰性だが筆者はほとんど摂っていない。

コーヒーは元々飲めなかった。ふとしたきっかけで飲みようになり毎日飲んでいる。熱帯で取れた物を日本で寒い時期に摂ってはいけない。バナナもそうだ。だが筆者はとり続けてきた。「身土不二」に反する。

ビールもそうだ。米に較べれば麦は陰性、冷やすものだ。それも冷えた状態で体内に入れる。日本酒が飲めなくなって久しい。飲むと重い。翌日まで残る。

若いときは日本酒を飲むと体が温まった。今は熱燗を飲んでも温まらない。内臓が弛緩してもうこれ以上、弛緩はダメという信号なのだろう。

ミクシイに「冷え性・冷え症」というコミュニテイがある。メンバーが15446
人もいる。
だがそこでは食べ物で体質改善して冷え性を治そうと考える方はあまりいない。

遅まきながら筆者も改めて体質面から取り組まねばなるまい。



左右ブレを少なくして歩く

「ブレないですね」先週の礼法教室で声を掛けられた。
小笠原流礼法の練り歩きあをやっているときである。

一直線上を摺り足で膝を曲げずに部屋の端から端へ歩く。戻ったら座る、座って座礼をする、また立ち上がり歩く、この繰り返しである。

ブレていると筆者が感じているときに声を掛けられらた。ご自分と比較してそういわれたのかもしれない。

だが筆者はこのブレをなくしたいと考えている。二本足で立っている以上ブレはなくならないだろう。もっともっと少なくしたい。

立ったときの左右の足の間隔が大きければ大きいほどブレが大きくなる。その状態で歩いていたら身体の歪みは大きくなる。そのことにほとんどの人が気がついていない。

それと足の向きが左右異なる。足先が前を向き基本的に平行でなければならないと考えている。

両足の間隔が広いほど安定すると考えるかもしれない。足先を拡げた方がいいと思うかもしれない。安定が歪みを招く。

両足間つけて立つ、そのまま歩く。足の内側をこすり合わせるように歩く。二足であるが故に二軸になる。幅の狭い二軸になる。

身体を支える面積は最小限にして身体はゆれる。不安定となるが故に身体は真っ直ぐを指向する。さすれば歪みも取れてくるのが当然と考える。

一枚足駄・玉下駄を発明した人もいるのだ。

筆者の言いう一直線平行歩きは幅の狭い二軸歩行ということになる。




耳の引っ張り方ー2

昔、天風会で教えてもらったひとりあんまの中に耳を引っ張るのがある。
上・下・横・グルグル回し・鼓膜圧迫・耳穴をふさいで指でポンポン・弘法大師の耳根円通の法とこれだけある。

ところがこれでは歪みを取れない。歪みを取るには呼吸と合わせなければならない。

頭部の微妙な傾きで呼吸を変える必要がある。それだとややこしいし間違いやすい。

その点、下記の方法は呼吸の使い分けを必要としない。気楽に出来る。
ミクシイに記載したら、またうれしい書き込みがあった。

「目にいいと教えてもらったやり方なんですが、首や首のつけ根あたりのコリ・痛みに効きがいいです。

やり方は耳の上部を後ろに捻りそのまま横に引っ張ります。
そのまま30秒から60秒キープしてゆっくり離す。
不眠症や頭痛にも効くかもしれません」

「これいいです!!

左右引っ張ってみて、気持ちのいい方を先に選択。
しばらく引っぱっていると耳が伸びた
(柔らかくなったって事ですよね?)

首の側屈の動きがよくなりました♪

ちょっと感激!! 」


本が捨てられない

ガラガラの電車の座席で一冊の文庫本を見つけた。
カバーが裏返しになっている。

手にとって中を開くと石原慎太郎さんの「法華経に生きる」だった。
単行本で出たとき書店で見かけたことがある。

パラパラと拾い読みをする、よしもらって帰り読もう。駅に届けることもあるまい。

今は都知事をやり作家でもある。さすが文筆業だけに文章はうまい。
天は二物を与えたのか?解説を瀬戸内寂静さんが書いている。この文章もいい。彼女も作家であり宗教家でもある。

忘れたのか?落としたのか?捨てたのか?筆者が占うと捨てたと出た。

そうか、捨てたのか。

筆者は本が捨てられずに困っている。本が本棚は既にイッパイで、あっちにもこっちにも山積みになっている。

子供の頃、本を買ってもらえなかった。その反動からかある程度ゆとりが出ると本を買った。買うのはいいのだが処分が出来ないから溜まる一方である。

なに二度三度読む本は何冊もないに捨てられない。

二月の健康

骨盤が動くなんてふつう考えもしない。季節により気候により感情により動く。

動くといっても3センチも動くということではない。ゆっくり当人の知らないうちに動く。仰向けで両腰に手を当てて、両腰を交互に脚の方に伸ばしたり縮めたりすると大分動く。

後4日で立春、今の季節身体の方は春の支度を始めている。右腰は外側に拡がりつつある。そこへまた気温が下がると左骨盤が縮もうとする。そんなこんなで骨盤はゆがんでくる。

季節の変わり目は不調になったりギックリ腰を起こしたりする。骨盤の調整には骨盤歩き(お尻歩き)がいい。2日やって座骨神経痛が8割方消えた方がいる。

今の季節、首が固くなりやすい。昨日寝ようとしたとき右首に激痛。ここ2~3年今頃になると首に来る。じきに治まったものの寝際の激痛は困る。

首が固くなれば脳への血流が悪くなる。頭痛や不眠症・寝違いになりやすい。
首のコリには耳を引っ張るのが手っ取り早い。耳の上部を後ろに捻り横に引っ張る。60秒くらい。

花粉症の声を聞くだけで症状がでる方がいる。人間は言葉や文字に反応することは既に実験済みである。その花粉症の症状を緩和すのにもいいと思われる。それと手の三里を軽く押さえるのもいい。

今年の1月始め、両足首がやけに冷えた。2週間くらいで取れたがこれははじめてである。それと右膝が冷たくなっている。これもはじめてである。本当は前からあっても、鈍かったから気がつかなかっただけかもしれない。

冷えとのぼせの季節である。冷えがあればのぼせもある。臍の周囲が固くなる。下腹部の左右がフニャフニャになっている。冷えから腎経の流れが悪くなっているらしい。左脚腎経で固くなっている部分をゆるめておくといい。

先日お会いした20代の男性、足を背屈しながら膝裏を伸ばす操法をやったとき、頻りに踵を痛がった。そんなに強くやっているわけではないのに痛がる。右腰痛の原因は多分これだろう。彼の場合き(春の訪れ(右骨盤の開き)が早いのかもしれない。それには右足の三里がいい。