腰痛が多い時期です

9/24にギックリ腰をやった。整体をやっているOさんも左腰がおかしいという。知人から娘が腰痛なので見てくれといわれて伺った。筆者を含めて3人である。

気候の影響がある。急に涼しくなっている。他に月の影響があるらしい。9/20~9/29の間、重心が浮いたり、沈んだりする人が多いのだそうだ。患者さんを見ていると急に変化するのでわかるとか。気温の変化は肌でわかるが月の影響はわからない。

その娘さんは前からいつも軽い腰痛があった。5月頃から痛みが増してきて仰向けで寝られず右側を下にして休んでいるという。

両股関節が異常に固い。女性で時々いるがそのなかでも1・2を競うくらいに固い。背骨もクネクネとよく曲がっている。

施術をすると身体の動きが変わってくる。仰向けやうつ伏せになるときの動きが素早くなってくる。大分、楽になっている。

そして自分でやる方法を伝えてきた。
1 ゆっくり呼吸 
  これは昨日書いた、お休みの前のゆっくり呼吸である。
2 ナンバ歩き  
  やりさえすれば疲れにくくなるし、歪みが取れてくる。
3 合掌両手揺らし 
  人間ほど両手を左右不均等に使う生物はいない。
  上半身の歪みが腰痛の原因にもなる。
4 踵落とし 
  右股関節が特に固いので右足だけをやるように伝えた。 
5 「有り難うございます」行 
  「有り難うございます」を称えるだけでも人の身体は変わる。

ゆっくり呼吸をする

先日の呼吸塾に参加された40台の女性、2年ぶりである。

お話しするとこちらのいうことがよく通るのがわかる。以前は相性もワカンナイ・ワカンイといっていた。

身体を見ると固くなっている。一番最初に見えたころの状態である。当初、男性のような身体つきだった。それが1年後にはつきたての餅みたいに変身した。

つきたての餅第2号と筆者は呼んでいる。1号が筆者の姉である。お金の掛からぬ健康法その1に書いている。

夜、お休みの時ゆっくり呼吸を繰り返す。これだけで人間は変わる。何の変哲もない、ただゆっくり呼吸をするのみである。

多分、彼女はこの話を聞いてすぐ実行した。そして1年経たないうちにつきたての餅に変身した。身体が快調になりやるのを忘れてしまっているらしい。
また身体が固くなっている。

だが身体を調整すると反応が早い。すぐ背中がゆるんで温かくなってくるのがわかる。いい刺激を身体が覚えていてみたいである。

やったことに直ぐ反応するのはやっている方もうれしい。これがガチガチに身体を固めた方だとこうはいかない。

「お休みの時、ゆっくり呼吸をしてください。必ず効果が出ますよ」とすすめることになる。


ギックリ腰

ギックリ腰をやってしましまいました。

やってから思い出したのですが、9/15「今年は急に涼しくなったので余計に影響が出る。ギックリ腰になられる方もでるだろう」と書いている。

改めて読み返してみると「筆者も腰が固くなっているのがわかる。前屈するとやっと指先が床に届く。もっとやわらかかったのにと思う。腰椎の4・5番、仙骨あたりが固くなっている」とある。やったのは9/25書いてから10日目である。

重症ではないが軽症でもない。筆者の分類では重症だと朝、目が覚めたときそのまま起きあがれない。一旦、俯せになり腰に痛みが出ないように手で支えながらゆっくり起きあがる。

軽症は痛みが少しあるが日常動作に支障がない。

中症の場合、身体を前後あるいは左右に傾けて歩く。洗面の時、曲げると痛みが走る。

直接の引き金は25日朝の素振りらしい。しばらくサボっていた。素振りは右構えと左構えの両方でやる。右と左では呼吸が逆になる。それを同じにやっていたらしい。

こと呼吸に関しては敏感な身体になっている。それを呼吸を違えるなんてずぼらをやってはいけない。

腰が固くなっていたから素振りでなくても何かの拍子にギックリ腰は出たかもしれない。だが呼吸との関連で出るなんて口惜しい。

この機会にやれるものはみな試している。やれば少しは楽になるもののバチッとは効かない。修復にはある程度の時間が必要らしい。




新しい発見

出せば入ってくる。ブログを書いてみてわかった。

書けば書くほどヒントは湧いてくる。

冴えているときはそうなる。新しい発見がある。
書くことが三つも四っつもある。

ところがボケーっとして頭がモヤモヤしているときはダメだ。
一つの文を纏めるのに時間が掛かるし、その前に書くことが見つからない。

人と会話をしていても何度も聞き返す羽目になる。
鏡をみると我ながらクソ面白くない顔が写っている。

小さいことでも自分にとって新たな発見はうれしい。
このブログもそういうことを書いていきたい。

最近のヒットは伸筋と屈筋では手の当て方が違うということがわかった。

だがこれだと専門的になりすぎる。
別の機会にわかりやすく書いてみたいと思っている。


しっかり立つー2

「真っ直ぐにしっかり立ってしかもふんわり」を書いた。

真っ直ぐに立つはわかりやすい。ふんわりと立つもわかる。しっかり立つはわかにくい。

もっともわかるといっても頭でわかるということで身体でわかっているという方は少ない。

しっかり立つにしても多分地面を指でつかむような意味に取るだろうと思われる。それは固くなっているだけで、しっかりとはほど遠いと考えている。

歩き方をいろいろ試してきた。足裏を意識して歩いていると段々足裏が敏感になってくるのがわかる。

最近、足裏がピッタリと地面と接触している感がある。だが、しっかり感は足首にある。

電車に乗ったとき電車の揺れにしっかり立っているときの状態である。双葉山・西鉄の稲尾投手は伝馬船で足腰を鍛えたといわれている。

揺れに強くなる、その状態を自分で作り出せばよい。慣性を殺したゆらしになると考えた。結果は「ぶつからない力」の稽古で検証される。


思い立ったが吉日

「やれるときやっておいた方がいいですよ」心筋梗塞で倒れた方がいっていました。定年退職で会社を辞めた途端、病床に伏す方もいる。これから自由な時間が満喫できるというのに残念だろうなあ。

アルコールだってそうだ。飲めるときに飲んでおく。いずれ飲めなくときが来る。筆者は一時飲めなくなったことがある。ビールも日本酒も美味しくないし飲む気も起きない。その期間が二年くらい続いた。

それ以来飲みたいときに飲むことにしている。また飲めるようになったことをうれしく思っている。飲める人は飲めないときが来ようなんて思いもしない。

「年を取ったら退屈でやることがないなどうそだ。やりたいことがいっぱいあるはずだ」という人もいる。確かにそういう方もいる。この間、亡くなられたスキーヤー三浦敬三さんはその口だろう。99歳にしてモンブラン山系氷河を滑り降りるという快挙をやってのけたのは3年前のことである。。

大概、今の心身の状態で物事を考える。今の状況がこれからも続くものであると思っている。だがそれはない。それはないけど年と共に体力・気力は衰えるなんて考えたくないのである。

目も弱くなってくる。筆者は本が沢山ある。いずれゆっくり読む日を楽しみにしていた。これも違った。当然、興味の対象が違ってきているし、目に老眼が入ってくると読みづらくてあまり読む気が起きないのである。

「思い立ったが吉日」ということばがある。やりたい、やろうと思ったときがチャンスなのである。ナマケモノの筆者は「やりたいときにやるべし」と自分にいいきかせている。

鎖骨の太い女

この前、電車で前のつり革につかまった24・5歳の女性、鎖骨がほぼ水平でやけに太い。見る角度のせいか、3センチくらいに見えた。

筆者は自分の鎖骨に触って確かめた。筆者のは巾2センチくらいである。筆者は骨細なのかと一瞬思った。

お肉が付いて太く見えたわけではない。指は細くスラリとしているし、腕や手もほっそりしている。

太めには見えないし骨太なのであろうと思った。背骨に触らせてくれませんかと声を掛けたくなった。

筆者が鎖骨に興味を持って調べ始めたのが5年くらい前である。「鎖骨が水平になる」を4編書いている。

鎖骨が水平であるということは身体がシンメトリー左右対称であることの証明であり、横隔膜が最適の位置にあり、いい呼吸をしていると考えている。

当初、鎖骨が水平の女性に出会ってビックリ仰天、1000人に一人かと思ったがそれほどでもない。観察していると100人に1人や2人くらいはいる。

筆者もだんだん肩が降りてほぼ水平になってきている。もうじき自慢しだすかもしれない。肩が降りてきて困ったことがある。肩に掛けたバッグのベルトがじきに滑ってきてちょくちょく直さなければならない。

後で思ったのだが骨太であるならば福耳のはずである。耳を見ることを鎖骨に気を取られて、残念ながら忘れていた。

漢方に於ける五行の色体表では骨ー耳ー腎と水の性に属し先天的生命力を表す。母親からいい身体に生んでもらったよいうことである。

拇指の曲がり

先日の小笠原流の稽古のときである。座礼で両手を膝の前に伸ばしていくのであるが親指は軽く真っ直ぐに伸ばせといわれる。

先輩の〇〇さんの右親指の第一関節が曲がっている。指圧をやっていらっしゃったので曲がったらしい。

すると先生が左手で手首ところ、右手を曲がっている第一関節のところに当てて愉気をされた。3分くらいかな。野口整体を勉強されていると聞いている。

礼法を幼少の頃から続けられて実に美しい立ち居振る舞いをされる。身体が出来ていらっしゃるから愉気が効いた。

それは見事なものである。〇〇さんの指の曲がりが消えたのである。それどころか目を見張ったのは〇〇さんの右手が一回りも二回りも大きくなったことである。

手が柔らかくなれば物理的に多少は大きくなるなるだろう。だが二回りも大きく見えるというのは別の原因である。分オーラーみたいなものが出るようになったからと解釈している。

「ぶつからない力」の稽古に参加された方が大きく見えることは何回かあった。「気が溢れ出る身体?」に書いた。

完全脱力?力みが消え滞りがなくなると気?意識?が自動的に流れ出すものらしい。

ナンバ歩きー4

ナンバ歩きを試している。両手を振る場合・振らない場合がある。

小笠原流礼法では手は振らない。しかしナンバとはいわない。

ナンバが大流行でここまで騒がれるとナンバということばは使いたくなくなってくる。昔の人はナンバなんてことばは、ほとんど知らなかった。でもナンバで歩いていた。

筆者はすぐ呼吸との関連を考える。手を振ってナンバで歩いたときの呼吸はどうなるか?

筆者の場合、左手で見ると手を前に出そうと斜め前下に出そうと吸気で、戻すときは呼気がいい。右手は逆になる。

筆者は右利きで右が固く左がやわらかい。これは右に求心力が働いており、左には遠心的な力が働いている。

手を振らなければ呼吸はあまり関係なくなるだろう。利き足というのはあるにしても手ほど左右別々に使うということはない。だから手ほどクセが影響しないのだろう。

と考えたのだが突き詰めると足でも左右差はあるわけだから右足・左足で呼吸は違ってくる筈である。まだ筆者の感覚が追いついていない。

最初は手を振る、足と同側の手を振る方をやって慣れてきたら振るのを止めた方が落ち着く。

手を振らないで歩いていると胴体をまるごと動かすようになってくる。




順と逆

呼吸と動作が合っていれば身体のバランスが調ってくるし、逆ならば身体は歪んでくる。

慌てたりビックリしたとき・改まったことをやるときは呼吸を違えることが多い。

何でもない動きでギックリ腰になるのは呼吸を合っていないとき起きると考えている。

ゆっくりとした動作だと身体の方で勝手に呼吸を合わせてくる。

新しいことを始めるときは多少なりとも緊張する。動きと呼吸が合いにくい。

呼吸と動作がマッチしている状態を順、呼吸と動作が合わないとき逆と筆者はいう。


「中指伸ばし」のことを書いた。中指は背骨の象徴とする見方がある。また別の見方もある。手元にある古い健康雑誌の記事にあった。

中指は経絡でいうと心包経が端を発する。心包経は心臓と密接な関係があり、中指内側から乳首の外側までつながっている。

中指が固いとこの流れが悪く心臓に問題が起きている。中指をやわらかくしておくと心臓のトラブル予防になると書いてあった。

ゆっくり中指を反らすと書いてはあるが、呼吸のことは書いていない。心臓に問題があるときは右より左が固くなっている筈である。

固い方の中指ならばゆっくり息を吸いながら反らせ、戻す時は吐きながらとなる。

雑誌やTVの健康体操ではそれぞれのプロの方が担当されているのに呼吸のことに触れられていないことが多い。触れていても筆者と呼吸が合わない場合もある。



ナンバ歩きー3

「ナンバ歩きがうまくなった。リズム感がある。スッ、スッ、スッと歩ける。
スピードが出てきてぎこちなさが消えた」と書いた。

これはいいのだが、若干左右にぶれるのが気になってきた。

手の動きを次第に小さくしてみる。手を振らない方がブレがない。

明治より前、日本人は手を振らないで歩いていたというが本当かもしれない。

キモノを着ていたから自然にそうなったのであろう。

手を振らない方が究極の歩行の姿?かもしれない。

手は上肢ー上の肢である。歩行に全く参加させなくていいのか?疑問が出てくる。

普段は振らないで歩く。そして意識だけ手に送るスタイルはあるかもしれない。

ここまで来ると手を足と逆に振るのが不自然な感じがしてくる。




巨峰

巨峰、葡萄の1品種である。今まで葡萄をチエックしたことが何回かある。ところが巨峰は1回もOKになったことがない。

文字通り図体のみ大きいのに品質?というか筆者との相性ではアウトである。デラウエアはいつもOKなのにである。

偶々、今日地元のデパート地下でチエックした。そしたら巨峰がいい、はじめてである。

それで思わず買ったのであるが、支払いの段になって、697円という。あれっと思った。値札は確か598円だった。

支払って帰り改めて見直すと区分けがあった。598円と697円と区分けされていた。確かに値段に差があることに納得である。

筆者は697円の方をチエックしていた。100円の違いがある。仕入れ側はその違いをどうやって見分けるのだろうか?

筆者がOK出しても筆者より敏感な方はダメという場合もあるし、体質はみんな違うから各人合うものを摂ればいいと考えている。

ミルクお使いになりますか?」

〇〇〇〇という健康食品が挙げられたと新聞記事になる。

後から後から健康食品が続いて出てくる。筆者も随分試した経験がある。だが最近は食傷気味、いささかうんざりである。

何に効く、かんに効くと必ずいう。最近は規制が厳しくなって健康商品ではガンが治るとは書けないようになった由。

どんな有用のものであれ、自分に合うかどうか?自分の身体に合うかどうか?である。自分に合わないものはマイナスになる。

勘のいい方なら触っただけでわかる。見ただけでわかる。だが感性の鈍らせていると自分に合うかわからない。宣伝に惑わされることになる。

本来、五感は自分を守るためにある。その五感の鈍りが問題としてある。それと五感を惑わすものが多すぎるのも問題である。

コンビニの弁当は実に上手に作ってある。だが筆者には合わない。

「ミルクお使いになりますか?」と聞くコーヒーショップがある。何がミルクだ!偽物じゃないかと腹が立つ。

多くの場合、身体を固めていると五感の働きが鈍くなる。この場合は身体をゆるめる必要がある。








ナンバ歩きー2

ナンバ歩きがうまくなった。リズム感がある。スッ、スッ、スッと歩ける。

スピードが出てきてぎこちなさが消えた。

筆者のやり方はこうだ。手を斜め前方、45度くらいに突き出す。ほぼ同時に同側の足が出る。これを左右交互に繰り返すだけである。

桐朋グループではいろいろ研究されているらしい。筆者が見たスタイルは手の平を上向けに挙げながら同側の足を出すやり方である。これも悪くはない。

手の平を上に向ける動作も悪くない。悪くないし身体の歪みが消えていく動きでもある。

ただ筆者がやると上体が左右にブレやすい。手の平を上に向けるときに腕を捻ることになる。

手を斜め前方45度くらいに突き出しながら歩くのは、動きは階段を降りるときの動きをそのまま平地で歩くのと同じである。

以前、TVで飛脚がナンバで走るドラマをやっていたが、すごい違和感があった。違うだろうと思った。

だがいまの筆者が歩き方はそれに近い。なんで違和感を持ったか考えてみた。それは走りなのに身体が真っ直ぐで地面を蹴っているように見えたからである。

あの飛脚のスタイルで歩くといまの筆者の歩きになると思われる。このまま走ったら身体は見た目、斜め前方に傾くだろう。

「流水不逆」ということばを思い出した。

側湾症

「母が側湾症なんですが、なにか方法がありますか?」と呼吸塾に参加された方に聞かれたことがある。

「まず1番目、お休みになるとき身体を曲がっている方にちょっと余計に曲げて寝てください。そのまま眠ってしまってもいいですよ。眠っている内に自然に身体の方で向きを変えますから。

人間の身体は行きやすい方向にちょっと曲げてやると自然に息が入りやすくなって深い呼吸をするようになり、身体が変わってきます。

それから2番目、真北に頭を向けて寝てください。歪みが取れてきますよ。部屋の構造上、無理ならば北枕と書いた紙を下に敷いてお休みになってください」

5分くらいやってみて、曲がりにくい方向に曲げてみる。前よりも曲げやすくなっていることに気が付くはずである。

背骨の見れる方がいれば背骨をチエックしてもらう。背骨が前と較べて前よりも真っ直ぐになっていればOKである。

無論1回や2回で治るはずがない。側湾症になるまで長いこと掛かっている。毎日続けることである。そして必ずチエックすることです。

やれば例え少しでも変化する。いい方向に変化していることに気が付けば続けていける。途中で止めてしまう方はこのチエックをしないからです。

そのときは人間誰でも北枕がいいと思っていた。だが先日書いたようにそれまで筆者が見た方は全員北枕だったが東枕がいい方が一名出た。

三次元的には全員北枕だと考えてきた。だが例え一名でも出た以上この考えも修正しなければならない。これからは検査してから枕の向きを決めねばならないだろう。

急な秋

こないだまで30度の暑い日が続いたと思ったら、急に20度前後の涼しい日がやってきた。

身体の方は大慌てで対応しようとする。骨盤が閉まり始める。以前は固い骨盤が季節によって動くなんて考えていなかった。

大切な臓器は硬い入れ物で守られている。脳は頭蓋骨、心蔵や肺は肋骨、膀胱や子宮・卵巣は骨盤が入れ物である。

入れ物の外形が変わると中の臓器も当然、影響を受ける。季節の変わり目に調子を崩しやすいのもうなづける。

今年は急に涼しくなったので余計に影響が出る。ギックリ腰になられる方もでるだろう。座骨神経痛が出る方もいる。

筆者も腰が固くなっているのがわかる。前屈するとやっと指先が床に届く。もっとやわらかかったのにと思う。

腰椎の4・5番、仙骨あたりが固くなっている。この辺は呼吸とつながっており、固くなると呼吸が浅くなる。いまは毎日、自分で調整している。

胸の横も固くなる。ここは対人関係を示すと聞いたけど孤独感・寂寥感におそわれるかもしれない。

「秋の日の ギオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うらがなし」の詩のとおりです。

首も固くなる。頸椎3・4・5が固くなるとめまいや耳鳴りも出るかもしれない。
 
 

ナンバ歩き

一直線平行歩きにナンバを加えようとやっているのだが、別のことを考えると直ぐに抜ける、普段の歩きに戻っている。

別にそれでも構わないのだが、ナンバの方が疲れないし、歪みが取れるのがわかっているので出来れば意識せずとも自然にやっているところまで持っていきたい。

手でリードすると考えると割とやりやすくはなる。手を放り出すように前に出す、それに連れて同側の足が付いてくる。今はこのやり方がいい。歩き方がスムースになり早く歩ける。それも楽に早く歩ける。

手を振らなければ取りあえずそれでOKだがそれだとスピードが出ない。ナンバといってもいろいろやってみた方がいい。身体を捻らない動きはアンチエージングにつながると考え始めている。

両手は上肢である。上肢ー上の足である。肢は肉月に支えると書く。四つ足時代は文字通り身体を支えていたのだ。犬や猫は歩き出すときどうやっているだろうか?左右どちらかの前足をまず踏み出す、それと同時か?あるいは一歩遅れてか後ろ足を出すだろう。

だからまず手から出るというのは本来やりやすい筈だ。赤ちゃんが歩き始めるときもそうだ。手でバランスを取りながら立ち上がり、その姿勢が出来るようになるとバランスを維持しながら一歩一歩、歩き始める。

手は足であった。歩くためにあった。それが直立し二本足で歩き始めた。それが歩くためでなくしかも左右全く違う使い方をするようになった。だから身体が歪んでくるといってもいいくらいである。

手を歩くことに積極的に参加させる。身体を捻らないで歩く。歩いている内に歪みが取れてくる。

新しい習慣を作る

長年の習慣を変えるのは厄介である。年を取れば取るほど難しくなる。強い違和感がある。その違和感が消えるまで時間が掛かる。筆者がやって成功したことが三つある。

手を握り合わせたとき、通常は利き腕の拇指が上になる。筆者は右利きで右拇指が上だったが今はどっちを上にしても違和感がない。

正座したとき右拇指を上に重ねて座っていた。これを左拇指を上に変えた。男性の場合はこの方が歪みが出ないからである。当初ほどでないにしてもまだ若干の違和感がある。

一直線平行歩き、これもうまくいった口である。O脚がに股でどんなに力を入れようと膝が付かなかったのが今はくっつくようになっている。意識せずとも両足平行で歩いている。

一直線平行歩きにナンバを加えようとやっているのだが、意識しないとすぐ両手両足が互い違いに動かしている。これはまだ時間が掛かる口である。ズボンのポケットに手を入れて歩けば、マア身体を捻らないで歩くことにはなる。

もう一つあった。箸の使い方である。筆者は右手の拇指の第一関節を曲げて使うクセがあった。これも歪みを作るので矯正中である。これは50点くらいかな。

まだある。腰の反りである。大分矯正できたつもりでいたが、今日両足揃えて柱に背中をつけると腰のところに手の平がすーすー入ってしまうのだ。なんやこれは元の木阿弥やないか。いささかがっかり。

上記は今後も継続するが一番の目標は「真っ直ぐにしっかり立って。しかもふんわり」である。別のことばでいえば「完全脱力常時鉛直キープ」である。

振魂の行

昔、合気道をやっていたとき準備運動のなかに振魂の行というのがあった。出だしは両手を上に挙げたような気がするが定かではない。

やり方は両掌を臍の前あたり十字 形に組合せ、力をこめて振るのである。そときは声は出さなかった。手の組み方は塩谷式正心調息法の鈴の印に似ている。改めて調べてみると鎮魂の法であり心身統一・丹田強化とか書いてある。

どういう目的でやるのかもわからず、ただ先生のやるのを真似てやっていた。

「筋肉は緩めて関節は締めて使う」という考えで見ると振魂の行は関節を締める動きだなと思った。

魚時代の前鰭と後鰭が上肢と下肢になった。水中にあっては水の浮力で体重を支える必要はなかった。上陸を果たしてから上肢・下肢は体重を支え、しかもよく動く必要があった。

直立二足歩行になってからはバランスを崩しやすく、なおのこと関節が締まっていることが要求される。しかし緩んでいるか?締まっているのか?自覚することは難しい。だが歪みがあるというのは関節が締まっていないと考えている。

振魂の行は五指・手首・肘・肩の各関節を固めて小刻みに震動させる。肩関節を締めるにはいい。コツは終わるときゆっくり戻すことである。

筆者のやっている手技に「伸筋・屈筋操法」がある。腕を内外に捻るような技であるが上手い人にやってもらうと、シャキッとして気分が爽快になる。

何故かこうなるのかわからなかったが関節が締まったからと考えている。先日書いた礼法の「練り歩き」もそうだ。関節が締まると頭のモヤモヤが消えるらしい。

礼法は優れた身体操法

「緩と締」で「筋肉は緩めて使うもの、関節は締めて動く」書いた。次に「筋がいい」を書いた。

それで礼法を改めて見直すと全てそういう動き・身体を意識して作られていることにやっと気が付いた。日本人の作った日本人に合った優れた身体操法である。

なによりも日々の生活の中で身体づくりが出来るようになっている。「箸の上げ下ろし」でも書いたが日常動作が細かく細かくイヤになるほど細かく決められてある。だがその細かい動きが身体を作っていくということに気づく。

お辞儀がそうだ。立礼にしても座礼にしてもそうなっている。深い立礼のとき90度に身体を曲げる。そのときお尻が後にではいけないといわれた。

お尻を後に突き出せば楽に出来る。それなのになんでやりにくいことを、やらせるのかわからなかった。脚を真っ直ぐにして、背中を丸めないようにして90度に曲げるのって難しい。

やっているうちにだんだん出来るようになってはきたが何故そうするのか思い浮かばなかった。

小笠原流の流祖にしても身体ではわかっていた。だが言語化出来なかったのではないだろうか?仮に出来たとして、人にその言語で伝えても聞いた方で理解できない。よほど流祖は身体のことがわかっていた方に違いない。

座礼も同じである。お尻・腰から背中・首のラインが真っ直ぐでなければならない。たいていどこかが丸くなる。そうしないと深く曲げられない。教わっている先生はちゃんとお出来になる。

昔は着いた両手の間に鼻が着くところまで練習したという。両太股が平行でしかも内旋してくるという。合気の先生からも同じことを聞いた。こういう深いお辞儀は普段やらない。礼法教室で練習するだけである。

胸が両横に開いて下に降りるのだといわれてやってきた。お辞儀の仕方は少しはよくなってきている。座礼で前につんのめりそうな感じはうすれている。

裸になって鎖骨を見ると水平に近づいている。鎖骨が水平にあるということは横隔膜がいい位置にあるということだ。

だが和室や和服がなくなってきている。この身体操法も形骸化する運命にあるのかもしれない。

今月の礼法教室 9月21日 代々木八幡区民会館 午後2時~5時

ナンバ健康法




ナンバ―つまり「江戸時代までの日本人の歩き方」は、現代人の歩き方とはまったく違っていたといわれています。

筆者はナンバで歩くと身体の歪みがとれるということで注目してきました。

「ねじらない」「ふんばらない」「強くけらない」ナンバは、身体に負荷をかけないず、動きに無駄がない。現在では、陸上競技やバスケットボールにも導入されて大きな成果を出しています。本書は、そのナンバを社会人、主婦、OLの日常生活に応用して、身体能力の向上と疲労回復・気持ちいい身体を目ざします。

大変にわかりやすい本です。著者は桐朋高校のバスケット部監督である。ナンバ導入に当たって高校の体育教師としてやっていけるかと真剣に悩んだという。

桐朋高校は日本有数の進学校である。しかも練習時間が短いことではトップクラスだという。その学校のバスケットボール部が2000年全国大会でベスト16に勝ち進み、インターハイにも出場する。

ナンバをマスターしてからは日本でも有数の走力を持ったチームに変身、相手チームの倍くらい走れることさえ出来るようになり試合中の怪我も激減したとか。
バスケット部から8年間で東大合格2人だったのがナンバを取り入れてから4年間で11人の由。

真っ直ぐにしっかり立ってしかもふんわり

何回も書いているが、「日本刀は「折れず曲がらずよく切れる」相互の矛盾を解決して抜群の切れ味を誇る。

人間の身体は「支えて曲がってよく動く」相互の矛盾を解決しなければならない。

立つことは「真っ直ぐにしっかり立ってしかもふんわり」でありたい。これもお互い矛盾している。

二本足だから元々不安定で真っ直ぐにはなりにくい。ふんわりとしっかり、ふんわりと真っ直ぐ、と矛盾している。

真ん中に立つからシンメトリーになる。体重の負荷が均等になる。疲れにくくなる。力みが抜けてくる。

だが実際にはたいていどこかに力み・緊張がある。何にもしていない状況ですでに力みがある。それが普通で力みがあるとはほとんど認識されていない。

二本足で立つことは大変難しいことである。そのことを普段忘れている。どこか痛くなって始めていろいろ考え始める。

筋肉に力が入っておらず、関節がしっかりとつながって骨と骨がしっくりいい関係にある。柔らかい筋肉と硬い骨、刀鍛冶は人体構造を模して日本刀を作ったのであろうか?

「真っ直ぐにしっかり立ってしかもふんわり」この矛盾を解決したら新しい境地が生まれる。だが本当に身につけるには日々の精進しかあるまい。

真っ直ぐに立つは命のテーマ

スレンダーロリスと呼ばれる原猿が南米かどこかに住んでいる。夜行性で昆虫を食べ物としている小さなお猿さんである。

鋭敏な耳と鼻を持ち音を立てずに近づきゆっくりとした動作で昆虫を捕らえる。茂みのなかを音をさせずに動く。

何故それが出来るのか?体毛の1本1本がセンサーになっており木の葉や枝に触れずに動いている。素早い動きは出来なくとも、鼻や耳を鋭敏にし体毛をみなセンサーにして巧みに生き延びている。

猫のヒゲが触れない穴ならば通り抜けできるという話は聞いたことがある。体毛1本1本がセンサーになる。生き残るために生物はセンサーを鋭敏にしいろんな技を身につける。

前にアマゾンの古代魚のことを書いた。動きののろまなこの魚は水中から木や草に止まっている虫をジャンプして獲る能力を身につけて生き残っている。

直立二足歩行の人間は問わず語らず、意識しようとしまいと「いかに真っ直ぐに立つか?」が命題となっている。命題、いのちのテーマです。

松井稼頭央選手はアゴをセンサーにしていると書いた。無論、アゴだけではないだろうがアゴが目立つ。

顔面が真っ直ぐの写真を多く見かけるのでそう見ているのだがご本人の感覚は別にあるのかも知れない。

イチローは「足の裏」だろうか?イチローは外形より中味が真っ直ぐということだろう。

「真っ直ぐに立つ」この感覚?それとも意識?どこで捉えているのだろうか?
身体が固くなっているとこの感覚はわからないだろう。

力み・緊張が抜けるに従い少しづつわかってくる。

前後バランス

「お金の掛からぬ健康法」のページに「秒単位のストレス解消法、胴ぶるい」がある。その説明に文に後重心ではバランスがくずれるので前重心でやれと書いている。

このページを書いたとき現代人の多く、とくに若者は後重心になっているという新聞記事を読んだ影響である。

今なら逆に書く。後重心の方がバランスが回復しやすいと書く。重心を真ん中に落としてと書くかもしれない。

以前は間違ったことを書いたときは焦った。イヤな気分になり後悔もした。今は落ち着いている。

筆者自身のそのときの身体と今の身体では違っているし、読む方の身体もそれぞれである。受け止め方がみな違ってくる。

鵜呑みにしてやって、よくない結果を招いても仕方がない。自分の身体でいいか悪いか判断出来なくてはいけない。

気持ちのいい動きならいいのだとする考えがある。筆者は必ずしも賛成ではない。気持ちのいい動きは必ず身体バランスを回復するとは限らないからである。筆者の基準は身体バランスを調える動きかどうかである。

人間の身体はその構造上多かれ少なかれ前重心であると書いたことがある。この意味は足底のラインに対して中心軸が少し前に倒れているという意味である。これも間違った表現かもしれない。

厳密にいうと指先と踵の中心より先に重心があると前重心というらしい。これは測定装置がないとわからない。

整体をやっているOさんの見方はこうだ。肩と腰骨を結んだラインが爪先にいくか踵の方にいくかで見ている。肩に両手を載せ負荷を掛けると後に傾くか?前に傾くか?で見るときもある。

最近、試しているのだが立位で膝や股関節を固定して前後にゆする動きがある。これがどうも関節をしっかりつなげてくれるらしい。前後バランスが調ってくる。その上、左右バランスにもいい。

両手振り運動

経営コンサルタントの船井幸雄さんが推奨している両手振り運動というのがある。元は関英男工学博士から教えてもらった由。気功でいう前後のスワイショウである。船井さんは視力0,005が二年目に0,6、現在0,9まで回復し眼鏡も要らないくらいとか。

筆者も近眼に老眼が入り、PCをやることでこれに輪をかけてている。これを読んで始めたのだが三日坊主。単純な運動を毎日長く続けることは苦手である。

やり方は
   1:足は、肩幅くらいに平行に開いて立ちます。
   2:両手の平を内側にして、両手を同時に、力を入れて
     後ろに放り出す。
     その反動で両手が前方に戻る。
     これを繰り返す。回数は前後で1回と数える。
   

ちなみに関先生は、先年亡くなられたが96歳になられても毎日2000回行っておられたとか。体調の悪い時は5000回くらいも行ったという。

両手振り運動の回数の計算方法というのがある。
    体重 x 身長 ÷ 0.243 x 1、(年齢)
    60㎏×1.70㍍ ÷ 0,243 ×1.40 = 587回                          
両足肩幅平行の平行が大切です。この平行も足の内側を平行にするか?外側を平行にするか?どっちがいいのかまだ結論は出していない。どっちか合った方でキッチリと正確に決めてやる。

それと関博士も船井さんもいわれていないのですが、呼吸が大切です。筆者の場合、後にいくときは吸気で戻すときは呼気になる。でないと歪みが取れない。このやり方ならば何百回もなん千回もやる必要はないと思っている。 

酸素缶を飲むか?

ロッキーズの松井稼頭央選手、筆者が注目している選手である。注目の理由は彼の頭部の位置がいつも真っ直ぐであることによる。顎がセンサーになっているらしい。

マイナーリーグに落ちて再び復活して好調である。その鍵は標高1800米のコロラドスプリングにおける2ヶ月半の高地トレーニングにあると夕刊紙の報道にあった。

「何しろ空気が薄いから、最初は身体が本当におかしくなりましとよ」復帰後「疲れが全然ないですよ」という。

最近コンビニで酸素の缶詰を見かける。ストレスと闘う現代人にー吸うサプリメントと書いてある。水を買って飲む習慣が出来はじめたとき、いずれ空気も買うようになるだろなあとは思っていた。既に酸素バーは存在していた。

水道水の数倍から数十倍の酸素を含む水が入っているとか。疲労回復・リフレッシュ効果があるとされる。32回分600円。

酸欠になったときは一時的に飲むのはよしとしよう。だが人間はいいとなったらクセになる。そしたら酸素を運ぶ赤血球は怠けだすのではないだろうか?高地レーニングの逆である。常用は避けた方がよい。

今の身体の状態が酸欠かどうか自分でわかるだろうか?甚だ疑問である。
逆に炭酸ガスを入れた方がいいのかもしれない。酸素が善玉で炭酸ガスが悪玉というのは認識不足である。要は酸素と炭酸ガスの比率である。

昨年、自分の吐いた炭酸ガスで歪みがすぐ取れることは実験済みである。ストレスで固くなっているのなら酸素を吸うより自分の吐いた炭酸ガスを吸うか、ビールでも飲んだ方が効くだろうと思っている。

健康度=血液の質×血液の量と考えている。

血液の質は食べ物による。血液がねばくなる食べ物・血管が詰まってくるような食べ物は避けることである。

身体が真っ直ぐで、コリや張り・曲がりや歪みが少なければ少ないほど血液は順調に流れるだろう。

筋がいい

「筋がいい」ということばがある。筋肉の筋の字で上達の具合や素質を表すことばになっている。

「しっかりと立つ」を書いた。ふんわりと立つと書いたこともある。
矛盾しているじゃないかと思われるかもしれないが矛盾していない。筋肉には力を入れない。関節はしっかりとつなげて立つことをいっている。

水に溺れかかったときジタバタすればするほど力が入り沈んでいく。力みが抜ければ水に浮く。

水に浮くためには人の身体は力みがあってはならない。力みが生じたらすぐにゆるめる。瞬間に消す。ヒトの祖先は魚である。浮くように出来ている。
水の中の動きと地上における動きは違う。水に浮いている状態、体を支える必要がない。水中にあっては要するに力を抜くことだけ考えればいい。

地上にあって体重を支えて、なお力が入っていない状態が理想と考えている。
だから左右・前後・内外に偏らず「真ん中に立つ」が重要となる。その上で「真っ直ぐに立つ」「ふんわりと立つ」「しっかりと立つ」が出てくる。

これが大変に難しい。武術や芸能の世界で天才・名人といわれた方々はこれを会得したらしい。だがそれを伝えることが出来たか?伝えることも難しい。ことばや文字にすることもやっかいである。例え教えられても身体が出来てこないと全く以てチンプンカンプン、不可解となる。

これが出来ると「筋がいい」といわれるようになる。筋肉に力が入っておらず、関節がしっかりとつながって骨と骨がしっくりいい関係にある。骨ーコツはここから来たのだろうと納得である。

ちゃんと歩けば

8/31の礼法教室。35畳の和室を「練り歩き」1往復しただけで気持ちがスッキリしてきた。こんなにスッキリしたことは久しぶりである。

連日の猛暑でモヤモヤと熱中症にでもなったような感じだった。それがスッキリとした。先日書いた「筋肉は緩めて使うもの、関節は締めて動く」を意識して動いた。それがよかったらしい。

バドミントンのコーチをやっている女性、膝痛がある。きょうは腰痛があり整体を受けてきたとか。いつも左右の肩胛骨の差が見てわかるくらいある。それが帰るときには左右差が消えていた。

「〇〇さん、腰痛消えたでしょう?」
「お陰様で」

これも痛いのを無理してやっていると痛みがひどくなる。痛くないようキチンと丁寧にやっていると、バランスが調い痛みは治まってくるものである。

もう一人の女性、正座してお辞儀の練習を続けていた。終わってから「お辞儀の稽古だけで後頭部から首のあたりがゆるむのがわかった」という。

彼女はこのブログを読んでいる。お辞儀だけでバランスが調うを読んで今日は意識してやっていたらしい。

環椎の歪みは?

頸椎の1番の歪みはどうすれば自分で治せますか?という質問を受けた。普通こんな質問はしない。相当に治療の知識をもっている。

頸椎の1番は背骨の最上部にありリング状の骨である。その下の2番軸椎と組み合わさって頭部が自在に動く仕掛けになっている。

この頸椎の1番2番を専門に治療するのがBJカイロである。それで全ての筋・骨格系の障害を治療するという。筆者も受けたことがある。

頭と首とを接続する頸椎1番環椎の歪みは多くの病気を誘発すると十字式ではいっている。頭と首の運動障害・肩や首のコリ・四十肩五十肩・頸肩腕の神経痛しびれ・耳鳴り・偏頭痛・発声障害・バネ指・不眠症等々である。

頸椎の一番自体は指で触れることは出来ない。後頭部の乳状突起の左右差を診ることはできるし、頸椎の全体の曲がりは触診でわかる。頭部の倒れ・曲がり・捻れはちょっと見ることを練習すればわかるようになる。

頸椎の曲がりと頭部の倒れや傾きがとれればよしとしよう。「首のコル季節」にやり方を書いた。これだけで背骨は真っ直ぐになる。環椎の曲がりも取れるだろうと思っている。中指反らしでも背骨は真っ直ぐになる。

この時は首の左右の倒れから入った。前後も同じやり方でいい。前に倒すときは息を吸いながら倒し、息を吐きながらゆっくりと戻す。後も同じやり方でよい。

部分をわずかな軽い刺激をすることで全体のバランスを整えることができる。

現代医学では環椎の歪みを椎間軟骨の圧迫と考えて、軟骨幅を拡大して治そうと牽引する。ところが環椎の異常はほとんどが側方捻転である由。牽引しても治るはずがない。

十字式を真似て背骨を真っ直ぐにするやり方は書いた。これでも環椎は真っ直ぐになると思っている。だがこのやり方に関して筆者は経験が浅い。数人試してうまくいったレベルである。これから課題としておく。


緩と締

ボデイトークに「胴ぶるい」というワークがある。立ってブルブルッと身体をゆらす。身体に入ったストレスや力みを取るすぐれたワークである。犬や猫は毎日やっている。

ストレスを溜め込んで身体の固くなった人向きのワークである。やっているとやわらかくなってくる。やった途端に前屈が10センチも余計に曲がるようになる方さえいる。

ところが合気ー「ぶつからない力の稽古」の際、これが邪魔をする。邪魔をすることさえ気が付かなかった。力みが入った途端、関節をゆるめてしまう。身体は力むことが嫌いらしい。

力みがあってはならない。それは必ずぶつかりを生ずる。関節は締める。身体全体で動くといわれてもわかりにくい。緊張せず、筋力に頼らず真っ直ぐで動く。

「関節は締める」なんてことは他で聞いたことがない。本にも書いてない。「型」というもの意味・意義は多分そこにあるのだろう。だが型に気を取られると二義的な力みを生じることになる。

ボデイトークに「茶筒」というワークがある。茶筒にお茶を詰める際、トントンと茶筒の底を叩く。身体を茶筒に見立てて身体を上下に小刻みに動かすのだが、身体をまとめる働きがあるとされている。

だがこの茶筒も慣性を使っている。そうすると関節を締めることにはつながらない。関節は締めるのだが筋力には頼らない。

関節を締めるというのは、一切の慣性による動きを排除したものと考えている。

出来たかどうかは「ぶつからない力」の稽古で検証される。厳しく検証される。出来ていなければ技とならない。当然、相手は倒れない結果となる。

筋肉は緩めて使うもの、関節は締めて動く。そこに「強く正しく美しい」技が生まれる。