天上天下唯我独尊-4

お釈迦様は生まれたら直ぐ7歩歩いて「天上天下唯我独尊」といわれたという。調和のお姿とお見受けする。

人は直立二足歩行を選択した。そのためのバランス維持機構が恐ろしく精密なものとなった。それは運動系のみでなく運動系を支える内蔵・血液・神経・呼吸と多岐に渉ると考えられる。

その反面、逆にほんのちょっとした動作でもバランスをくずしてしまう。
崩れるとそれが内蔵・神経・血液・呼吸等に影響を及ぼす。

二本足のわずかな面積で全体重を支えるのだ。四つ足ならばこのようなことはない。歪みなんぞは発生しにくい。

筋肉・骨格等の運動系を整えると内臓までもよくなってくる。

先日書いた合掌の形も同じことがいえる。ここではお釈迦様に習って「
天上天下唯我独尊」のスタイルにをやってみる。

1 南を向く。足は平行にする。膝の力は抜いておく。
2 手の方は上げやすい方で天を指さす。
  地を指さす手は上げにくい方である。
3 指は曲げずに伸ばし各指はくっつける。
4 上げた方の手の平は前方に向け、下げた方の手の平は後に向ける。

外形はこんなものであろう。釈尊誕生像は手の平は右も左も前を向いているがこれは仏師の間違いと思われる。これだと身体は歪んでくる。歪む方向では唯我独尊にならない。あるいは別の意図を持たれたのか?

各指は伸ばすと書いたが薬指だけ曲げれたら軽く曲げた方がいい。この部分はお釈迦様とは異なる。これに呼吸と意識が入ると思うがこれは別の機会にする。それと足裏のことがある。

お釈迦様やイエスさまは意識指数1000という。現代の人々がどこまで近づけるだろうか?


合掌の形ー16

本来、合掌には理屈は要らない。
尊敬と感謝の気持ちで手を合わせるだけである。

「右手は浄、左手は不浄」「右手は佛で左手は自分である」合掌することで一つになる。対立のない世界を目指すという。

筆者は合掌によりシンメトリー(左右対称性)つくる一番シンプルな形であり、右半身と左半身の気の流れを調整すると考えている。

形を決めることで三次元の存在としての人体のバランスが整う。尊敬と感謝の気持ちで心と身体が一つになり呼吸が落ち着いてくる。

合掌の基本スタイルである蓮華合掌には左右五指の伸張と密着という重要なポイントが包含されている。古人は理屈をいわずしてその智慧を形に秘めたのであろう。

合掌の形ー15

美容師のNさん、今日は背骨が大分曲がっている。合掌してもらう。両腕水平一直線の形である。小指が離れる。

「小指をつけてください」といってもダメだった。筆者がくっつけても離れてしまう。ずうっと腱鞘炎だという。今まで一度もいったことはない。

ゴルフでボールを打つときに小指を締めるせいか?あるいは職業上のハサミの使いかたからきたのか?高校時代の鉄棒からか?

親指はきれいに伸びて人差し指にくっついている。小指が離れるのを除くときれいな形になっている。形を決めてからゆっくり息を吐きながら戻す。

身体がやわらかく敏感な方である。これだけで背骨の曲がりが8割くらいは取れた。合掌の実験台3人目である。

先日「合掌四十分行」を達成した方のことを書いた。
20分くらいが非常につらい、それを過ぎると身体の方がつらくない方つらくない方に反応し始め大いなるリラックスを味わった由。站椿功での工夫がここでも役に立っているらしい。

合掌の形ー14

漢方に「補」と「瀉」という考えがある。
補は補う、身体に足りないものを補うということである。瀉は身体内にある悪いものを瀉す、体外に出すということである。

ベストの合掌の形として「両腕を水平一直線にして両手の平を垂直に立てる」と書いた。

これだと形を決めてから吐く息で戻すことになる。これは瀉になると考えた。
そしたら合掌の形で補はないのか?

あった。顔の前での合掌です。
手首・肘・肩の関節を45度・90度・180度に決めた方がよい。
これだと戻すときは息を吸いながらです。

身体の中をきれいにしたいなというときは瀉のほうで、エネルギーを補充したいときは補のほうでやればよい。

これだといかにも理屈っぽい。いちいち頭で考えなくとも合掌してゆっーくり戻すと、身体の方で呼吸を合わせてくれます。

手の平を密着させてあるいは掌の部分を少し膨らませてもよい。
掌の部分を少し膨らませるのは蓮華合掌といいますが、この方がまとまりがいい。

合掌の形ー13

合掌は尊敬と感謝の表現です。

両手の平を合わせることで、なにはともあれシンメトリー(左右対称)になります。10本の指も合わせることでまとまりが出てきます。

合掌はインドが起源とかいうがそんなことはあるまい。
敬けんな気持ちになると自然と手を合わせる。天地と調和した姿勢であることを各民族は知っていた。

手を合わせれば左右対称になる。さすれば歪みーストレスが取れていく。
筆者のように細かいこといわなくとも手をあわせれば左右対称になる。

毎日、ご先祖様に手をわせる・神様に手を合わせる・食事の前後に手を合わせる、これってすごい習慣だと思う。

ここまで書いて母が食事の前後に必ず手を合わせていた姿が目に浮かんだ。
会食の時に手を合わせる方が一人か二人はいる。

やる人はやっている。筆者はやってこなかった。母には何回もいわれてはいた。

尊敬と感謝の気持ちに満たされたとき、自然と手を合わせるようになる。それが合掌である。

合掌の形ー12

柏手と拍手、違いわかりますか?

カシワデとハクシュですね。念のため字引を引くと「神を拝むとき両手を打ち合わせて音を出すこととある」

拍手喝采のときは普通、左の手の平に右手を少しずらして左右の手を打ち付けます。ところがこれだと歪みが出ます。

それで両手の平を合わせてやったほうがいい。神社のお参りの時も両手の平を合わせるように打つのが本当だと思うと話していたら、それ違うよといわれたことがある。

右手は水の性で下げる、左手は火の性で上がる。故に合掌をして右手をちょっと下げて柏手を打って戻す。いわれリャ確かにそうやっている。教えられた記憶はない。

これだと歪みが出ないのです。

二拝二拍手一拝が原則という。
拝むときは腰を90度に曲げるとあっったが知らなかった。いままでそこまでやったことはない。

礼法でお辞儀の時、腰を後に突き出さないと教わったがこれは以外とできない。
柱に背中をくっつけてお辞儀をするとたいてい柱にはじかれてしまいます。

合掌の形ー11

8/23,年若い針灸師の友人からメール。

「合掌四十分行を達成しました。すごくきつい行ですね。〇〇は正座苦手なので辛かったです。なんかこの型だと活元とか出ないし、意念もうまく使えないのでほんとうにしんどかった。本当に、一生やらなくていいんですね?」

返信
「さすがにやることが早いですね。これ以上の強力なワークで上書きされない限り保存がききそうですね。

次回書く予定ですが正座をやっているときに
1 呼吸に意識を向けてゆっくりと呼吸をを行う。
2 ありがとうございますを称え続ける。

だけど40分ありがとうございますをいいつづけても2000回くらいなんですよね。
小脳定着1万回説でいくと一生に5回になりますね。」

合掌の形ー10

これまで身体の歪みを出さない合掌、バランスを調える合掌ということで書いてきた。

当初、手掌の範囲のもので「合掌の形ー5」あたりで打ち切りかと思ったらネタが続いて出てきてまだ続いている。

さて一応、形が決まったらあとどうするか?
1 吐く息、吸う息に意識を向けてゆっくり呼吸をする。
  身体のバランスを調えるにはこれが一番です。
  歪みが自覚できる方はこれを優先してやった方がいい。

2 「ありがとうございます」を称える。
  意識の向上を目的にするならばこれがいい。意識指数が100ポイント単位で変化するらしい。何しろ100ポイントですぞ!!!!

「フオースかパワーか」の著者ホーキンス博士は「意識指数は対数を示している。レベル300は150のの2倍の範囲を示すのでなく10の300乗のパワーをを示す」と書いている。

3 お経や祝詞を称える。白隠禅師の「座禅和讃」もいい。

仮に2で100ポイントアップしてもそれは瞬間風速みたいなものでいずれご本人の意識指数に戻っていく。

これはでもしょうがないでしょう。もともとそうなんだから。でも毎日続けることでそれが定着する。

前に「ありがとうございます行」を毎日10分やっている女性を紹介した。

合掌の形ー9

西式健康法に合掌合蹠法というのがある。安産の秘法といわれている。
これは仰向けでやる。両手両足を合わせて上下に伸ばしたり戻したりことで身体を正しく左右対称に整えます。

今回読み直して左右対称の文字にオヤッと思った。昔、読んだときもあったはずだが素通りしている。筆者が左右対称を意識しだしたのは「シンメトリーの男」を読んでからである

合掌は上半身、合蹠は下半身を整える。特に子宮後屈、月経不順、不妊症、等の婦人科系に効果があり男性には強請法になるとか。

直立二足歩行は人間の原点であり、左右対称性は生命の基準である。左右対称になってくれば身体の各組織は元気に働くようになる。

合掌の形ー5に書いた左右の両腕を水平一直線にし手の平を合わせ垂直に立て
て伸ばし親指をくっつける。この形でゆっくり呼吸を10回行う。これで背骨は真っ直ぐになる。歪みが取れてくる。2人目もうまくいった。

合掌の形ー8

合掌の時は正座が一番いい。しかし正座は日常生活から姿をが消しつつある。正座その物をよくないと否定する方が出てきている。

足腰のバランスがくずれてきて当たり前かもしれない。ジベタリアンは既に死語になるくらいに、まともに立てない人が増えてきている。しかも若い方に多い。

正座するときは拇指を重ねる。重ねない方がよいという方もいるが筆者は取らない。男性は左拇指が上である。女性は右拇指を上にする。これは小笠原流礼法で学んだ。理由は「チン説正座考」を参照願いたい。

正座できない方は椅子でもやむを得ないが、足は平行を維持する。

筆者は結跏趺坐をすると前後のバランスがくずれやすい。座布団で調整するが正座の方が落ち着く。

神社等にお参りのときは立ってやることになる。この場合も足は平行ににする。平行にといっても平行にならない方もいる。身体に問題がある人は別にして感覚が低下してらしくキチンと平行にしない方が多い。

合掌をして頭を下げる場合は腰から曲げる。頭だけあるいは胸から曲げない方がいい。

結跏趺坐でやるときも右足を内にもってくるか、左足を内にもってくるかによって歪みが出るかバランスが整うかに分かれる。筆者は右足を内側にした方がいい。



合掌の形ー7

西式健康法に「合掌四十分行」というのがある。
筆者が西式健康法に触れたのは30年以上も昔である。

「靴下、時計などをはずし、正座します。両掌を密着して顔面の高さに上げ40分間静止します。一度やれば触手療法の力が宿る。一生に一度でよい」と書かれている。

40分一生に一度やればよいというのは40分で「1万回やれば小脳にその姿勢が記憶される」と同等の効果があるということか?その分キッチリやらねば小脳に間違ってインプットされる。

合掌の位置は顔面の高さである。故西勝造氏はなんで顔面の高さとされたのであろうか?関連HPでできるだけ合掌と前腕を垂直にするという文も読んだ。この文からすると縦軸ー中心軸を重視したということである。

西勝造氏の時代は(明治17年ー昭和34年)正座は生活と共にあった。正座は意図せずして足腰を整える。現代ではちゃぶ台は姿を消しテーブル・椅子に変わり正座の機会は激減した。

正座は特に前後と左右のバランスー横軸を整えるのではないかと考えている。横軸がしっかり出来ていれば縦のラインを整えることで三次元の身体が整ってくる。。

「両手を密着し」とあるは指を伸ばすことにつながり、これも縦軸を整えることになる。

横軸つまり足腰がしっかり出来ていなければ縦軸ー中心軸は立てようがない。立てても崩れやすいは当然のことである。

合掌の時も正座が一番よい。その上に両腕を水平一直線に保持する。合掌自体が前後・左右の横軸を整えることになる。

その上に手首から垂直に手の平を合わせる。合掌それ自体で前後・左右・上下のバランスを整える。これが合掌のベトスタイルと考えている。


合掌の形ー6

8/20、人と物との相性研究-土曜会に出た。目的は昨日書いたベストの「合掌の形」をEAVの数値で検証することであった。

三種類の形を測定した。結果はわずか1~2ポイント差ではあるが昨日書いたベストの形が最高値とはなったが有意差があるといえるかどうか?

測定する方は何も知らない。1ポイントの差でも測定した技というか確かな目を褒めるべきであろう。

実は気がかりなことがあった。先月の15日緊急入院ー即手術といわれている。「臓器変性」の項目が60位になるかもと思っていた。
それが50とベストの数字であった。心配は杞憂に終わった。

もう一つ目的があった。それは次回書く予定の「天上天下唯我独尊」のスタイルで左手挙上で手の平を手前に向けた場合と前方に向けるた場合の差を見ることにあった。

こちらの結果も1~2ポイントの差で有意差があったとはいえない。
しかし「臓器変性」のみが2ポイント差の52で今回の数値のなかで最大値となった。

合掌の形ー5

現在考えているベストの合掌の形を書く。また変わるかもしれないが。

  1 胸の前ツボでいうと壇中のあたりで手を合わせる。
  2 両腕の水平一直線を維持する。
  3 それと垂直に両手を立てる。
  4 五指とも曲げない。伸ばす。
  5 指と指の間を開けない。親指もくっつけた方がよい。

筆者の場合は上記の条件を外すと歪みが出る,バランスをくずす。
例外が一つだけある。鼻の前で合掌である。両腕は一直線ではないが他の条件は守っている。これだと今のところ歪みは出ない。

毎日、神棚や仏壇に手を合わせる習慣のある方は上記の条件を守られた方がよい。やっている内に歪みは取れてくる。最初は窮屈に感じるかもしれないがじきに慣れる。

一人だけだが実験をやった。胸椎五番は曲がりやすい背骨で「合掌両手ゆらし」で真っ直ぐになると書いた。合掌だけでも真っ直ぐになった。

上記の5条件を満たした形をとってから5回ゆっくり呼吸をさせた。すると胸椎五番の曲がりは消えた。

前後・上下・左右をキッチリと決める。合掌するだけで姿勢はよくなってくる。しかし長年の習慣がこびりついた築何十年の身体は時間は掛かる。先日も書いたが一万回やると小脳に姿勢の記憶が定着するという。

合掌の形ー4

いろいろ試している内に合掌で一番大事なのは指を伸ばすことらしいと気がついた。鼻の前で合掌しても意識指数は落ちないようである。

昨日「合掌両手ゆらし」の対策を書いた。それも有効であるが、何のことはない指を伸ばしてゆらせばいいだけのことである。

取りあえずはこれでいいのだが意識指数10-500の落差はなんとも悩ましい。

指を伸ばして使う重要性については「箸の上げ下ろし」で書いている。書いているのになかなか合掌とは結びつかなかった。

「箸の上げ下ろし」には筆者が親指を曲げて使うこと小指が離れやすいことを書いている。これが合掌の形に於いても同じである。

合掌の形、これはEAVでも多分測定可能だろう。2年くらい前、足の位置を変えると数値が変わることは実験している。EAVでは50をベストの数値とする。右足の指先をちょっと外向きに変えただけで数値が51から45までと最大6ポイントもの変化している。改めて見直してビックリしている。

EAVで一度測定してもらったほうがよさそうである。意識指数よりは自分自身を納得させやすい。でもうまくいくかどうか?

EAVでは右手を使って測定する。合掌の形を取ったあとで測定である。足の場合はポーズのまま測定出来るが手の場合はそうはいかない。数字は多少変わるだろう。

いろいろ試している内に身体が敏感になってくる。意識すると身体は反応するようになる。極端な話、昨日OKだったのに今日は歪みになるといった具合だ。

五指を伸ばして合掌することは大事であるが、その他にも大事なことが出てきている。次回まとめる。


合掌の形ー3

仏像の写真をひっくり返してみたが胸の前で水平に合掌しているのは見当たらない。

一遍上人が両手指先を前方に突き出している絵があった。何か特別な目的があったと思われる。

阿修羅と阿難の合掌も指先が顎のあたりとかなり上の位置である。
合掌のお姿ではないが鎌倉の大仏様は両手親指は見事に水平である。(阿弥陀定印)

合掌して両腕が水平である仏像があるかどうかもっと探す積もりでいる。
いにしえにおいては必要のなかった合掌の水平性も時代が要求しているのかもしれない。

顔前で合掌すると意識指数が10になるということはわかった。わかったけれど自分を納得させる理論的根拠がわからない。

顔面で合掌してゆらすとバランスを回復しやすい。人間の歪みは重力との関係で発生する。合掌することは左右対称の形をつくる。その状態でゆらすと歪みは早く取れる。

しかし「合掌両手ゆらし」も意識指数の低下がわかった以上、対策を考えねばなるまい。

一はゆれにくいけれども胸前合掌の状態ででゆらす。
二つ目は従来と同じように顔の前でゆらしてから胸の前で合掌してゆっくり呼吸をすることである。

ここまで書いてきて劇的な発見があった。それは次回に書く。

合掌の形ー2

意識指数自体怪しい世界の話と思う人がほとんどと思う。
その怪しい意識指数を自分で測定するなんていうのは筆者くらいだろう。

そもそもはキネシオロジーの世界で2人で行われる腕の筋肉の強弱による適性検査である。一人は被験者であり一人は測定者である。

身体にとってよいものは腕の筋肉がつよくなり、身体にとってよくないものは筋肉が弱くなる。

それがさらに発展して人の意識の指数化が可能になったという。
筆者はボデイダウジングのやり方でこの意識指数の測定に挑戦している。

まだ自信はない。自信はないが方向性はつかめる。
Oリング・振り子にしても思い込み・先入観があるとそっちに引っ張られる。
自分を中立ポイントに置かねばならない。

合掌の位置について胸の位置だと違和感があった。やると歪みが出た。筆者の手首が固いからだと思った。合掌両手ゆらしのこともある。

顔面合掌の方がバランス調整がやりやすい。
胸前合掌も試している内に慣れてきた。それと「鎖骨は水平になる」に書いたことを思い出した。それで水平を意識するようになってきた。

意識すると意識したことに敏感になる。そこで顔前合掌と胸前合掌の差が大きく出るようになってきた。この落差の大きさにビックリ仰天である。

どこかに書いた記憶があるが人の身体は水平・垂直は敏感に作用する。
合掌の形で前後・左右・上下に水平と垂直を正確に表現できる。

意識指数がポンと大きくなるというのはキッチリと三次元の形が決まると四次元以上の世界が開けるのかもしれない。

合掌の形ー1

筆者の自慢のワークの一つに「合掌両手ゆらし」がある。
「おシャカさまゆらし」と併用するとさらによい。

やり方は顔の前で合掌しあーといいながらゆらすだけ。たいてい、なんかの宗教みたいですねといわれる。世界のどの宗教にも大概この形が存在する。

ところがこの合掌の位置について胸ー心臓の位置より上だと意識指数が低下するという。

筆者は何回か試してその時これは違うと判断した。そして出かけていって意識指数を測定してもらった。

なんと顔の前で合掌すると意識指数10だといわれる。これは正直ショックだった。もしそうだとしたら筆者の合掌両手ゆらしは何だ。何を筆者は見ているのか?

顔の前でゆらすと間違いなく歪みは取れてバランスが整ってくる。これは多くの方で体験立証済みである。

胸の前で合掌をEAVで測定すれば多分数字は悪くなると思った。顔前合掌のほうが数字はよいはずと考えた。

ところが顔面合掌意識指数10といわれて二日目、「鎖骨は水平になる」に書いたことを思い出した。

両腕を胸のまで合掌をするということは両腕が水平になることにつながる。

どんな姿勢・形であろうと普段やっていない形だと当初違和感がある。その違和感が邪魔をする。ある程度習熟する必要がある。慣れない内に判断するととんでもないミスを招くことになる。

意識指数10といわれて三日目、いろいろ試している内にこの違和感が無くなってきた。そこで顔面合掌・胸前合掌で意識指数を測定する。

やはり両者の間には格段の差がある。400~500という数字が10~30という二桁台の数字になってしまうのである。




天上天下唯我独尊-3

「天上天下唯我独尊」このお姿をヒントにした「おシャカさまゆらし」がある。上げやすい手を上に上げにくい手を下にしてゆらす。肩こり・五十肩等に抜群の効果がある。一時、電車で肩こりの人を見かけるとやらせていたこともある。

筆者は左手が上げやすく右手が上げにくい。おシャカさまゆらしと逆に上げにくい手を上げて上げやすい手を下げた状態でも身体のバランスを整えることが出来る。

これは腕の正中を出すというか鉛直を維持すると歪みが取れてくる。これをやるには当初その位置を探さないとならない。上げにくい方の手は探すのに若干時間が掛かった。

ならばなにもしないつまり両手を下げたままでも出来るはずとやってみたらやはり出来た。

これは手や腕にも四つ足時代に身体を支えていた記憶がある。一番疲れにくい位置、それが腕を鉛直にキープする位置であったということである。

天上天下唯我独尊-2

昨日の「天上天下唯我独尊」を読み返して思い出したことがある。50歳を過ぎてピアノを始めた男のことである。彼も身体が固い。それはピアノを弾くときの指の使い方にあるのではないかと見ている。

彼が筆者の施術を受けて眠ってしまった後のことである。
いろいろと姿勢を変えている。その中に「北枕で右脇を下にして右足に左足をかさね、右腕を枕にして左手を身体の上に伸ばした」姿勢があった。

目が覚めてから「どうしてそういう姿勢をしたのか?」ときいても「どうしてかわからない、無意識のうちにやっていた」という。

彼も左が固くなるタイプである。確か今までに二回あった。もっと何回もあったのかもしれない記憶にあるのは2回である。。時間も相当長かったように思う。

ブログになど書くつもりもなくただ見ていただけなので記憶も曖昧になっている。何回か記憶を反芻するとだんだんハッキリしてくる。確かに左手を上げていた。

彼は左が固くなるタイプである。お釈迦様とは逆である。しかし取ったポーズは同じである。お釈迦様は動脈に問題あり、彼は静脈に問題ありと解釈している。

上記は筆者の勝手な推理である。現代科学的裏付けはもっていない。どこかに誤りがあるかも知れないが、考える方向は間違っていないと思っている。



天上天下唯我独尊-1

お釈迦様は生まれると直ぐに七歩歩いて天と地を指さし「天上天下唯我独尊」とおしゃったとか。

そのお姿を見ると右手が上で左手が下である。お釈迦様は左が固くなるタイプとお見受けした。

人は誰でも通常は上げやすい方の手をを上げる。この方が歪みが取れてくる。バランスが取れて天と地とつながりやすい。

左が固くなるタイプとすると心臓に負担が掛かる。亡くなられたのは食中毒であったとされる。背中の痛みを堪え忍びながら亡くなられた由。

死因は食中毒ではなく心臓病ではなかったのか?

お釈迦様のなくられたときは北枕で右脇を下にして横になり右足に左足をかさね、右腕を枕にして左手を身体の上に伸ばしておられたという。

右を下にして横になったということは動脈系が弱っていた。静脈系なら左が下になる。左手を頭上に伸ばされたということは血液を全身に送ろうとする無意識の動作と考えられる。

以上は筆者の勝手な推理である。

洗剤をチエックしました

洗剤が切れたので買いに行った。
もしやと思って相性を調べた。

端から見ていくと1点だけ筆者に合う物があった。中性洗剤なんてよくないものとばかり思いこんでいた。何で?何に?反応したのか?

無リンとあったがそのせいか?界面活性剤も入っている。韓国製とある。
毒性の有無や落ちがいいかどうかはわからない。

これは筆者よりセンサーの優れた方にも聞いてみなくてはなるまい。
銘柄名はスーパークリーン、1,2㎏198円である。

ついでにそこのドラッグストアーの置いてある豆腐をチエックした。
ところが五種類全部アウトであった。

先日は5種中3週OKと書いた。
メーカーが違うとこういう事になるのか。

膝を伸ばし踵から着地する?2

多くのウオーキングの本に「膝を伸ばし踵から着地する」と書いてある。
膝のほうは昨日書いた。

「踵から着地する」だがウソではない。見ていると先に踵が地に触れている。
触れてはいるが一瞬である。着地の際の衝撃をうまいこと逃がしている。
人間はうまい歩き方を発明したなと思う。

そうすると「踵から着地する」という表現に筆者は違和感を持つ。適当な表現ではない。説明不十分?もっといい表現がないものか?

ところが急いでいるときは身体は前傾しやすい。そうすると「膝を伸ばし踵から着地する」という表現がピッタリくる。これは踵に受ける衝撃が大きい。

これをやっているとだんだん足腰が固くなってくる。そしてガチガチに固まってしまう。一度固めた固い身体はなかなか元へは戻らない。

多くのマジメな会社員がなりやすい。仕事をやっているときは歩き方など思いもよらないことだろう。

直立二足歩行は人間の原点であり、筆者はナマケモノである。
日常生活で歩きながら身体の固いのをやわらかくし、しかも歪みのない身体にしたいと考えている。

膝を伸ばし踵から着地する?

「膝を伸ばし踵から着地する」最近立ち読みをしたウオーキングの本に書いてあった。

この表現に疑問を感じている。膝を伸ばした方がいい人がいる。逆にゆるめた方がいい人がいる。表現の難しさである。人はみな違う。一つの表現で全員OKとはならない。

膝や腰が固い人が膝を伸ばして着地したら身体は固く方向に向かう。続けている限り足腰が柔らかくなることはない。

道路はほとんど舗装されており土の上を直接歩くことがなくなっている。膝を伸ばして着地したらその衝撃は身体を固くする。

そのせいか足腰の固い人が多い。筆者も固い。かって膝を伸ばして歩いて膝を痛めた経験もある。膝をゆるめるよう歩き方をいろいろ工夫している。

自分で工夫して最適な歩き方を見つけ,身につねばならない。それは時間が掛かる。先日いい姿勢を1万回体験するとそれは小脳の記憶となって定着すると聞いた。なるほど、さもありなん。

しかし一般的には何がいいのか判断の基準がない。偉い先生、有名な先生のいうことを鵜呑みにして実行することになる。ほとんどの方が一時実行して諦めるというコースを辿るだろう。

冒頭の「膝を伸ばし踵から着地する」もかなり名前を知られた方である。
しかし歩いている方を観察していると膝をの伸ばして着地している方は見かけない。

身体によくないことは身体が知っている。「膝を伸ばして歩きなさい」といわれても適当のところでやっているか?あるいは関心がないのか?

筆者は歪みが出るか否かで判断する。結果はすぐに出る。歪むということは身体がストレスを感じているということである。

小笠原流礼法では膝を伸ばして歩く練習をする。これは擂り歩きであり身体に衝撃を与えない。

ゲルマニュウーム

駅ビルでゲルマニュームブレスレットを見つけた。
メーカー名の表示もない。1ヶ1000円。

最初、Lタイプを試す。右手で試すと大きく変化するもバランスはとれない。
左手も逆方向に大きく変化するがやはりバランスはよくない。

次いでMタイプを試す。これはいい。右手で試すとOK。左手で試してもOKである。腕時計を右手にしてOK.左手にしてもOKである。腕時計をしたことによる電気的流れをも調整する。

バランス調整にもってこいの製品である。薬局等で置いている200円くらいのマイナスイオンを発生するという腕輪?もいっときはいい。少し時間が経つとまた歪みが発生する。2~3回引っ張っるとまた効くようになる。

このゲルマニュウームのはそれがないようである。単にバランスを整えるだけならこれでいい。しかしズーッとつけ続けたらどうなるか?

人の身体は常にバランスを維持しようとゆれ動いている。それがバランス維持能力を強化している。ゲルマニュウームのお陰で常時バランスOKとなるとそういうパワーが衰えるかもしれない。

実験用にLタイプも買っておこうと出かけたら店仕舞いの後だった。

豆腐との相性

盲腸炎に豆腐を使った事を書いた。
豆腐なんてと思う方が多いだろう。

筆者も知ってはいたが炎症に使ったのは始めてである。豆腐が高野豆腐を水に戻したみたいになった。

使ったのは1/3で残りは喰った。食欲は落ちているがうまかった。
それからは度々買ってきて喰っている。

近くのコンビニでは5種類の豆腐が置いてある。そのうち3種類が筆者に合う。木綿・絹の小パック・冷奴セットである。

5種類とも同じメーカーである。3種類合う物がもあるというのうれしい。合う物が一つも無いというシャンプーとは大違いである。

鼻もイイし耳もいい

その講演会で講師の顔が気なった。
鼻がえらく真っ直ぐなのだ。筆者の席は講師のほぼ正面である。

鼻を診るときは正面から見ることこれが大原則である。たいてい鼻の天辺の光っている部分を辿っていくと多かれ少なかれ蛇行するものである。それがない。

耳もいい、福耳である。故に骨太の筈、ミネラルを豊富に持っており頑張りの聞くタイプである。でも鼻の形からしてムリはしていない。素直に生きてきているとみた。

質問の時間、ほぼ質問が出尽くした頃「今日の講演のテーマーとは全然関係ないのですがよろしいでしょうか」ときいた。司会者が躊躇しながらもうなずいた。

「鼻というものは多かれ少なかれ曲がっているものですが、先生の鼻は大変真っ直ぐに見えます。普段何か心掛けていることお有りでしょうか?」

「全くありません。生まれつきです」

こういう方は始めてである。順風満帆の人生を送るのではないか?

道を聞かれたら

8/5、書店リプロ主催の講演会にいく。
前もって予約してある。ところがどうもおかしい。

お粗末な話だが講師の名前を聞かれても、講演会のテーマを聞かれても思い出せない。そこでは別の講演会がというがその先生ではない。

「事によると東池袋店のほうかもしれません。問い合わせてみます」と聞いてくれた。そちらの方に筆者の名前があった。

筆者の勘違いである。東池袋店の存在など知らなかった。無論よく見れば書いてあるのに西武のお店とばかり思いこんでいて見落とした。

そしてそこから10分ほどかかる東池袋店に連れて行って頂いた。
18時過ぎの人通りの多いサンシャインに向かう通りをである。

これはありがたかった。ちゃんと講演の時間に間に合った。
そこまでやるんだ。やってもらった方がそれはうれしい。

自分も道を聞かれたらそうしようと思ってしまった。

しばらくは天気図でいく

先日、池袋のデパートへ行った。
目的は気圧計を買うつもりだった。場所は知っている。福田稔氏の本を読んでから気圧計は欲しいと思っていた。

ところが同じメーカーの製品で型番が違うと表示されている数字が10以上も違うのである。何やこれは!器械器具だからこの程度の誤差はしょうがないのだろうか?

今日は東急ハンズに行った。気圧計は随分5250円から2万円以上といろいろと置いてある。ところが表示の数字がこれまた先日のデパートの気圧計の差よりさらに大きいのである。

そこで店員に聞いた。
「この違いはなんですか?」「どれが正しいのですか?」
「さあー}
「どうやって調整するんですか}
「さあー」

一気に買う意欲が消えた。しばらくは新聞の天気図で行こうと思っている。

気圧と人の自律神経は密接な関係がある。気圧が上がると交感神経が緊張し、顆粒球が増える。低気圧だと副交感神経が活発になりリンパ球が増える。

食い込みブラは止める

むかし、ノーパン健康法が話題になった。
寝るときにスポッンポンで寝るだけ。

身体を締めつけるものが一切無い、血液循環がよくなるだろう。最近東南アジアのどこかの国かで流行っているとか。

ブラが食いこんでいる女性を時々見かける。
これはよくないですよ。止めた方がよい。これだけで身体は歪んでくる。

身体が歪めばいろいろな障害が出やすくなる。

矯正下着の広告を見かけるがこういうのはもっての外。売る方も売る方だが買う方も買う方だ。

見せ掛けだけよくしても血液の流れが悪くなったら健康を害するだけである。

リュックサックのすすめ

以前1年くらい前だろうか営業をやっている女性が右肩が痛くて上がらないと見えたことがある。

見ると右肩胛骨が後に3センチくらい出っぱっている。営業用のカタログや書類をバッグに入れて肘に引っかけるようにして持ち歩いている由。

このときは施術して身体のバランスを整えて合掌両手ゆらしおしゃかさまゆらしを教えて帰した。

それとリュックをすすめた。片腕だけに重いものを持ち負担を掛けると必ず身体のバランスをくずす。

最近、楽楽はうすのホームページの件で打ち合わせに来ている女性がいる。
鼻の曲がりが気になって身体を診させて貰った。7/26である。

診ると背骨が大きくジグザグに曲がっている。シールを貼って写真を撮り見本にしたいほど曲がっている。それと右肩胛骨が後に出っぱり下側が右に開いている。

施術をすると背骨は真っ直ぐになり肩胛骨の開きも取れた。出っぱりだけが半分くらい残った。

「ああ、楽になりました。」実にいい笑顔でおしゃった。
「リュックがいいですよ」とすすめると肩こりなので肩に負担を掛けたくないので」といわれる。

腕に引っかけても肩に負担は来る。両方の肩に同量の負担ならば肩こりは起きにくく身体はバランスは保ちやすい。