うつ伏せは南枕で

背中の固い人はうつ伏せでお休みを試みたらいい。
その方が確かに呼吸はよくはいるのだが、前に書いたようにうつ伏せのときは南枕でないと歪みが出る。

美容師のNさん、筆者の施術を受けて休んでいた。
筆者が話しているのを聞いてうつ伏せになった。1分くらいたったときお客さんが入ってきた。そちらに行こうとNさんが起きあがった。そしたら「イテテエー」腰に手を当てた。

筆者としては面白くない、施術が終わったばかりではないか?
今日は右側が固くなっていた。右首・右上胸部・右鼠渓部が固く押すと痛いという。
「なにかやりましたか?」
「車の中で模様替えなんかやったから」

いつもより時間が掛かった。身体がやわらかく敏感な方である。調整は短時間ですむのに今日は時間がかかった。その分念入りにやっているのに腰が痛いとは?
後でまた見ますといって送り出したのだが、どうして?

彼がうつ伏せになったからと解釈した。ここのベットは北枕になっている。仰向けにはいい。Nさんも北枕がいいというのは知っている。
筆者が北枕の話をしたとき「そんなことはとっくにやっているよ」といわれた方である。

北枕の話は知っていても、うつ伏せは南枕がいいと知っている方は少ない。「痛いの取れたよ」とNさんから声が掛かった。
ヤレヤレである。

背中の固い人はうつ伏せで

睡眠時無呼吸症候群のことを書いた。
こういう方は起きているときも息を止めていることが多い。
知り合いの整体師がそうだ。いつも筆者の施術を受けて眠ってしまうのだが、ときどき呼吸が止まる。

先日、施術後うつ伏せになると呼吸がよくはいった。今日もそうだった。彼は背中が固い。背中が固い人が仰向けになると固い背中が更に圧迫される。そうすると呼吸はしずらくなる。それで呼吸が止まるのだ。多分間違いない。

彼は50過ぎてからピアノを始めた。背中の固いのはそのせいではないか?ピアノでの指の使い方、姿勢に力が入りすぎと思われる。

背中の固い人はうつ伏せでのお休みを試されたらいい。

テーマ : 食玩 - ジャンル : サブカル

いい鼻の見本

電車の広告で星野仙一元阪神監督の写真を見た。
これが実にいい。鼻筋が真っ直ぐで鼻の下部に左右の差が見えない。
こんなにいい鼻は見たことがない。前に三段鼻と書いたことがある。缶コーヒーの自販機でよく見かけた。

それがこの鼻である。それで他に左右差がないか念入りに見た。
わずかに左の眉が落ちている。それと左の耳も右に較べると低い位置にある。唇のあわせも横にまっすぐで上下の曲がりもない。わずかに差の唇の上部にふくらみがある。

今、体調は絶好調と思われる。監督を辞められたのも健康上の理由?とか。この分なら再度、阪神の監督もありうるかも知れない。

鼻の穴観察

当分、鼻の穴観察が続きそうだ
沢山見続けないと眼が出来てこない。

背骨がわからなかった。ここの椎骨が倒れているだろうといわれてもわからなかった。多くの人に触り続けて最近漸く曲がりや倒れがわかるようになってきた。

鼻の曲がりもそうだ。極端に曲がっているのはわかるが微妙に曲がっている人が多い。電車は鼻の観察タイムだった。鼻の穴もそうなるだろう。

本当は仰向けのときがいいのだが、正面から見るとだいたいわかる。
頭が傾いている方の穴・鼻の穴が見えにくい側が小さくひしゃげている。

小泉総理は頭が左に倒れており、左の首にコリがある筈。したがって左の鼻の穴が小さいと見ている。ブッシュ大統領は逆である。

歪みのゴール地点

人の身体には方向性があります。
バランスを整える方向と歪む方向です。

身体は常にバランスを整えようといつも働いている。整える力と歪む力は常にゆれ動く、故にその差がゼロになることまずあり得ない。
それが歪みとなって身体に表現される。

整える方は自然治癒力とかホメヲシターシスとかいわれている。
筆者は復元力と表現したい。人間は四つ足歩行から直立二足歩行を選択してこの復元力が飛躍的に強化・増大されたと見ている。

歪む方に働く物はいっぱいある。
人の行動・想念・感情がある。それに食物、なにを食べているかがある。気候の変動があり大気や水等の環境がある。

身体に表現された歪みのゴール地点、それが鼻の穴である。

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鼻の穴は重要な観察ポイント

鼻の穴の左右差に気がついて改めて自分のを見直した。
筆者の場合は右が小さく凹み気味である。

鼻の穴が大きいととか小さいとかいってもよく見ないとわからない。
わずかな差である。見る目がないとわからない。

右の鼻の穴が小さいということは右半身が固くなりやすい。そいえば筆者がギックリ腰をやったとき背骨の右側が固くなっていたし、右肩が固くなっている。

息をしているということは生きていると同義である。鼻がその出先機関であり、空気の取り込み口である。故に人の身体を見るときの重要な観察ポイントである。

鼻の穴

身体の右側の固い方と左側の固い方がいます。
右側の固い方は肝臓、左側の固い方は心臓に負担を掛けています。

右側の固い方は鼻の右側の穴が小さいか横に拡がろうとしている。右側に息が入りにくい方です。
左側が固い方は鼻の左側の穴が小さいか横に拡がろうとしている。左側に息が入りにくい方です。
これは最近のうれしい発見、ホームラン級の発見と思っています。

お陰で身体が固くって頭が左に倒れている方の頭を真っ直ぐにすることが出来ました。今まで何回もやったのですが半分くらいしか真っ直ぐに出来なかったんです。

昔、鼻の穴の小さい人は北国の寒いところの生まれと聞いたことがあります。今は腑に落ちました。

水鏡

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(川越 長徳寺の石碑)

よしあしとうつる心の水鏡
   
     よくよく見れば我が姿なり

身体がEAV

EAVという器械がある。ツボの電気抵抗値を測定し経絡の強弱を見る相性研究会ではEAVをつかって人と物との相性を見ている。
食べ物でも宝石でも人の名前でもその方との相性がわかる。各経絡が50の数字になればベストのものと判定する。

数年前、EAVが欲しいなと思った。それでうんと安い廉価版が普及したら良くない食品・化粧品などなくなっていいものだけが残ると思った。それをいったら試作品を作った方がいる。でも世の中には良くない品物だらけでいいものってはあまりにも無さ過ぎる。測っても測ってもいいものがない。これでEAVは一般家庭に普及しないだろう。

ところが最近は感覚がシャープになってきて、自分にとって良くないものは身体が歪むというのがハッキリとわかった。身体自体がEAVなのだ。身体自体がダウジングである。なにもほかの道具や器械は使うことない。身体は何がいいのか、何が悪いのか既にわかっている。

身体の歪みは身体の末端がわかりやすい。手の指先、二指・三指でみる。前に書いたミルクもどきは筆者が試すと5センチくらいの左右差を生じる。ミルクもどきは触れるだけで身体にとってストレスなのである。           
 

マイナスイオン水は?

近所にどでかいドラッグストアが出来た。そこのポイントカードを差し込むとマイナスイオン水を無料でサービスしますという。但し420円のポリ容器を買わねばらない。そこで試飲させてもらった。これがとんでもない代物で飲み続けたら病気になるだろう。いままでマイナスイオン関連の商品ははいいというイメージだったのにこれはよくない。  どうやって作っているのだろう?電気分解?あるは鉱物を通すのか?他にいいマイナスイオン水もあるかも知れないがこれはよくない。
味は可もなし不可もなし。

身体はなにをもってダメをだすのだろう。
通常は五感である。この場合は味覚、不味ければ食べないし飲まない。EAVは体表の電気抵抗値を見ている。皮膚と触れたときの電気的なものか?そうしたらイメージやことば・文字はどうなる?      
有り難う御座いますを繰り返しながら前屈していくと手が床まで届く女性の話を書いた。有り難う御座いますを称えていると歪みは取れていく。これは脳の言語中枢が働いている。電気的に測定できるとか。

五感を超えた第六感?五感がシャープになってくると六感が働くようになるという話は聞いたことがあった。六感は電気信号なのか?筆者は歪みが大きくなるか小さくなるか、歪みをゼロにするものかどうかで見ている。

筆者の上をいく方々は触れた瞬間、あるいは見ただけで是か非か出す。筆者もいずれそうなるかもしれない。そうなるまえに兎に角、猛烈な痒みをブロックしなければならない。 

ビスケットもマヨネーズも

3/15確定申告の最終日、税務署に行って帰りに昼食に駅前の居酒屋に入った。塩鮭定食を食べた。それからである。まもなくして背中が痒くなってきた。それも背中の中央部である。あれって感じだ。今まで痒かったのは肩胛骨の外側と骨盤上部であった。今回は背中中央である。
痒みはそれほどでもない。猛烈ではない。だけど痒い。

口に入れたのは白いご飯と白菜の漬け物・鮭一切れと親指のさきくらいたらことゴボウのサラダである。なにが悪さをしたのか?たらこ?
翌日ゴボウに掛けてあったマヨネーズorドレッシングだろうと思い当たった。ほんのひとつまみのサラダに掛けてあったマヨネーズである。

背中が痒いことで思い出したことがある。マクロバイオテイックのセミナーで「食べたものがどこに行くのか?というのがあった。
例えば小豆が腎臓にいいというのは小豆をたべたときの血液は体中を回るんだけども腎臓に集まりやすい。食べ物の成分は行き先が決まっている。陽性のものは下部に陰性の物は上部にいく。左右で見ると右に陽性のものがいき左にが陰性のものがいく見る。昼食のマヨネーズらしきものは多分、卵が入っている。身体の中央部に出た。

昨年の12月頃から痒みに悩まされている。2月にコーヒーに入れるミルクを止めたことでほぼ収まってきてはいる。
朝の喫茶店でコーヒーととステック状のビスケットを摂った。
1口喰って包装を見た。ホオールミルクと書いてある。ホオールミルクがどんなミルクかわからないが、これはやばいとチエックだ。
これもすごいまがい物とんでもない代物である。手に持っただけでゆがみが大きく出る。イタリーから輸入品である。卵もバターも入っている。

牛乳も卵も小麦もアレルギーの原因になるのだとか。これだけ歪むとこを見ると多分ほかの不自然な物、防腐剤のようなものも入っているのであろう。

コンブライアンスってことば知っていますか?
筆者も最近覚えました。企業倫理という意味だとか。こんなまがいものをだすようではコンブライアンスいずこにありやです。
身体をゆがみをとってくれるなど高望みはしない。せめて現状以下にしないものを出して欲しい。

夢の中の自分と夢を見ている自分

瞑想講座に参加した。
無念無想の境地に入ってもそれがわからない。なにしろ無念無想だからそれをそうだと認識できないはずと考えた。
「認識した途端、見る側と見られる側になって対立が生じる。それって別のものではないんですか」と質問した。

「眠って夢を見ていてそれを覚えている方はいらっしゃいますか?」
筆者が質問したとき講師が逆に聞かれた。
隣の女性が手を挙げた。いつもそうらしい。筆者も1年に1~2回はある。夢を見ているときも目が覚めたときも妙に現実感がある。

講師は夢を見ている自分と夢に出てくる自分と対立感なしに存在するといいたいらしい。それが瞑想がすすむにつれてそうなってくると。

眠りに入る直前、眠りと目覚めているときの境目、間隙が大事といわれた。まどろみの時、顕在意識と潜在意識の交流がスムースに流れるときだと読んだ記憶がある。
寝際は特別な時間なんだとさんざん天風先生から聞いている。
講師が間隙という表現をされたのであ、そうかと思った。

ビールをチエック

瞑想講座に出席したとき、タバコやお酒・お肉はどうなんですか?」と質問をした。「タバコや酒はやられんですか?」と聞かれた。
「タバコは飲みませんがお酒は飲んでいます」
「僕もタバコは吸いません。酒もタバコもほどほどに摂っている分にはいいでしょう。しかし真剣に瞑想と取り組もうと考えている方はやらないほうがいいでしょう。お肉もほどほどに、ベジタリアンのかただって植物の命をいただいているわけだし、肉を摂ることもあんまり神経質に考えることもないでしょう」

筆者はお酒は飲む。前ほどに量は飲めなくなっている。
帰りにコンビニにビールを買うつもりで寄った。さてどれにするか?
冷蔵陳列庫の扉を開けてボデイダウジングでチエックをした。最近飲み始めたキリンのまろやか酵母はやはりいい。キリンだっていいの出すじゃないかと思った。
それとサッポロの生ビール黒ラベルがいい。アルミ缶なのに。
一時アルミが脳に溜まると痴呆になる騒がれた。豊潤・スーパードライ・えびすは筆者に合わない。全銘柄チエックしてみたかったのだが冷蔵庫を開けっ放しでやっているわけにいかない。1段のみやって私に合う2銘柄を買って帰った。体質はみんなそれぞれ違うのだから人によって合う銘柄は違ってくる可能性がある。

ミルクもどきは論外です。

左の肩胛骨外側が少し痒い。
先週の火曜日に喫茶店に入ったときだ。ちょっと遠いけど割と美味しいお店である。ステンレスの大きめなカップにミルクが入って出た。生に近いと思ってボデイダウジングでチエックをする。
筆者のからだは変化しなかった。可もなし不可もなし。まあいいかと思ってコーヒーに入れて飲んだ。

翌日である。猛烈な痒みがまた発生した。左の肩胛骨外側である。
しまった!と思ったがもう遅い。あずか1CCか2CCのミルクである。ミルクはあかん。多分、生乳でもだめだろう。もう完全に乳糖分解酵素がゼロになったのだと思われる。自然の物でも身体によくなければ身体はそれを検知するはずである。もっと精度を高める必要がある。

プラスチックの小さな容器に入ってるミルクは論外ですよ。あれはカラダに触れただけで歪ませる。
3/13の瞑想講座で昼食に出たとき、コーヒーを頼んだらプラスチックの容器入りのミルクがついてきた。ポケットに入れて持ち帰った。
休憩時間に「カラダに合わないものは触れただけでもカラダがゆがむんですよ」といったら実験をやるはめになった。テーブルの上で仰向けでなってもらう。それでバンザイをする。それとミルクもどきを胸にのせてバンザイをする。そうするとミルクもどきをのせるとゆがみが大きくなった。見ている人も納得である。

瞑想と意識指数

意識指数というのがある。
パワーか、フオースか」という本で知った。キネシオロジーの世界で意識を指数化した由。釈迦やイエスは700~1000、一般的には200以下がほとんどらしい。愛が500理性は400,勇気は200怒り150,恐怖が100で無感動は50である。

ボデイダウジングを紹介した。その手法で瞑想講座の場の数字化に挑戦した。3/6瞑想講座二日目は450と出た。相当に意識の高い方々が集まっている。3/13会場に入ってすぐ600、最初の瞑想のあとが700,午後の瞑想のあとが850である。一週間の間、みなさん瞑想をやられたと見えて意識は挙がっている。

ボデイダウジングについて自分と物との相性、自分と動作についてはこれでいけると思っている。でも目に見えない世界を数字で測定するのは始めてである。そんなもん数字化できるのか?そんな数字信用できるのか?あまり自信はない。
なにしろ700以上は悟りの境地である。現在の意識が取りあえず悟りのレベルにある。ホンとかいな?あくまでも取りあえずであり、瞬間風速のようなものかもしれない。しかし瞑想をやることで意識が大幅に向上したということは間違いない。

CM ボデイダウジングに興味のある方は3/21のワークショップにご参加下さい。

瞑想のコツ

瞑想講座三日コースの最終日である。隣の女性の質問である。
「マントラをこころのなかで称えていてもいろんな思いが出てくる。
何かコツというか、例えば意識を仙骨に置くとかそういうものはないんでしょうか?以前、魂は仙骨に宿ると教わったことがあるんですが」
確かに瞑想をやっていると雑念は後から後からどんどんどんどん出てくる。隣で聞きながらそうだろうなあ、だけど馬から落馬したような質問だなと思った。

「無邪気でマントラを称えておればいいですよ。気功や何かやられている方は胸に意識を置くとか丹田に置くとか、チャクラに置くとかいいますが」
雑念防止の為のマントラと解釈している。雑念に気がついたらマントラに戻る、雑念が沸いたらまた戻る。それの繰り返しである。
やっていればマントラという乗り物が無念無想の境地に連れて行ってくれるという。

ところが無念無想の境地に入ってもそれがわからない。なにしろ無念無想だからそれをそうだと認識できない。
「認識した途端、見る側と見られる側になって対立が生じる。それって別のものではないんですか」と質問した。

「それはこれからの講座で話しますが、分離した自分とそれを見ている自分が同時に存在する。やっているとそうなっていきます」

天の声。地の声

瞑想講座に参加して以来、天風先生のことがしきりとを思い出される。
筆者が教えを受けたのは40年も昔である。

滝壺のそばで瞑想をやっていたときの天風先生がカリアッパ聖者との会話が思い浮かぶ。「デイヤーナ(瞑想)の第1条件は心を静かにあんていしていなきゃいけないでしょ」「オフコース」
「ならどうしてもっと静かな場所で修行させてくださらないんです?」
「あの場所で心が静まらないのか」
「あんな場所心が静まりませんよ」
「あの場所で心が静まらないようなお前ならどこえいってもだめだな」
でもそうおっしゃいますけども、あの水の音では・・・・・・・」「私が特にあの場所をお前のために選んだのだ。おまえのデイヤーナのために。苦心して」「どういうわけなんです」
「一口にいやだな、天の声を聞かせてやろうと思ってよ」
「天に声があるんですか」「ある」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「現在のおまえさんのように水の音ばかり気にしている耳には天の声どころか地の声も聞こえないだろう」「地の声もあるんですか」
「地の声というのは鶏や獣、木々の擦れ合う音、あれが地の声だ。それが聞こえるだろう」「聞こえませんよ。あのゴーゴーゴーゴー絶え間ない激しい高いところからオッこってくる滝の水の音。そんなもん聞こえるはずないじゃありませんか」「聞こえるはずがないと思っていりゃ聞こえないなあ。あしたから瞑想の合間合間にときどき鳥や獣の声や風の声を聞こうと思って、とにかくその音をつかまえる気分をだしてごらん。それからだな、天の声は」

それから数日後滝の音を聞きながらほかの音も聞こえるようになった。
地の声が聞こえるようになったから天の声も聞こえるようになるかもと毎日毎日苦労以上の努力した。ところが何としてもそれらしいのは聞こえない。半月ほどして、たまりかねて聞いた。「地の声はもう立派に聞こえています。けど天の声はどうしても聞こえません」
そんなはずないなあ。地の声の聞こえる人間に天の声が聞こえないはずはないんだけどなあ。天の声を聞こうとしてみないんだ?」
「いや、してますよ。自分でも驚くくらい真剣にやってみているんです」「真剣に天の声を聞こうとしている?ほう、それじゃ聞きたいね。天の声を聞こうとしているとき、おまえさん、水の音や鳥、獣、そのほかいっさいの音きこえている?」「あっ、そいつは気がつきませんでした」「どんな音を耳にしても心がそれを相手にしないと、そのとき天の声がわかってくるんだよ」

ところがさらに三月。いっさいの音を相手にしまえと思えば思うほどそれにとらわれてうまくいかない。文字通り千思万考。半分やけくそになっていきなり仰向けになって雲を見ていた。そのうちアッと気づいてみると耳にいろいろな音が絶え間なく聞こえていても心がなんと全くそれから離れて雲の漂いののなかに入って無心でいる自分に気づいた。
『あっこれだ」と刹那の悟りとともいうべきものを心に感じたんですよ」
日本経営合理化協会出版局刊「盛大なる人生」より引用

ホットカーペット

数年前、田舎に帰ったときホットカーペットがあった。
お尻から温もりが伝わってこれはいいなと思った。
帰るとすぐに買った。寒さに対して確かにはいい。頭寒足熱ということばがあるが下半身はぬくぬく頭は涼しい。

ところがどうもおかしい。なんとなくやる気になれない。ただゴロゴロしていた。今もそうだが寒いとあまり動けない。
四谷に人と物との相性研究をやっているところがある。そのころ毎土曜日というと出かけていた。EAVという器械で人と物との相性を測定している。無料である。相性の前に基準値を測る。50がベストと設定されている。それでその人の健康度がわかる。筆者は当初60前後だった。それが51~52くらいに収まるようになりもうじきオール50になるなと期待していた。

それが突然56前後になる。そしてまた51~52になる。2年繰り返した。原因はなんだろう?調べると56になったのは2回とも12月頃である。それでもしやホットカーペットからでる電磁波のせいではないか?と思ってその冬ホットカーペットは止めにした。そしたらまもなくほぼオール50になった。

いまの時代、電磁波を避けて生きることは難しい。でもより少ない方が健康にはいい。ホットカーペットだって電磁波をブロックしているという製品が出ている。どの程度の物なのだろうか?

ボデイダウジング

ストレスというのは元々は物理用語でゆがみ・ひずみのことである。
ところがストレスとカナで書くと心理的なプレッシャーをさすらしい。
身体の歪みをいっているの民間療法のそれも一部のグループであり医学の世界では超マイナーである。

新聞でストレスとは「ドキドキ、ハラハラ、ブルブル、ヒヤヒヤすること」とあった。心身の状況を適切に表現している。同時に身体は歪み,ねじれ、曲がり、コリ、張りが必ず出ているものである。
ドキドキ、ハラハラ、ブルブル、ヒヤヒヤが治まっても歪み、曲がり、ねじれとして残る。それが習慣となるとコリや張りとなっていく。
バンザイ検査というのがある。手技療法で使われている歪みの検査方法である。
仰向けで受け手の両手手首を把持し頭の方へ伸ばし左右差を見る。左右差が多きほどストレスの度合いも大きいと見る。
左右の手の長さが違ったり、どっちかの手が挙げにくかったり、どっちかの手首が曲げにくかったり、肘が伸びなかったり歪みすなわちストレスの表現している。

このバンザイ検査の応用的発展としてボデイダウジングが出てきた。
これだといちいち横にならなくともいいし筆者は重宝している。
人の身体は自分にとっていい・悪いを瞬時に判断する。悪い物はストレスであり歪みとなって身体に表現される。いいものは身体の歪みを取りバランスを整える。誰でも出来る。

お箸の使い方ひとつで

小笠原流礼法教室に月2回参加している。ここではカルチュアスクールでやっているような通り一遍の手順だけをやっていない。もっぱら歩くこと・座ること・立つことをやっている。
先月の話である。その日の参加者は4名。
お箸の使い方を教わった。前にもやっているのだがこの年になるとお箸の使い方を替えるののは難しい。この前の時よりはいい。

バドミントンのコーチをやっている女性、急にひとまわりもふたまわりも大きく見えた。筆者はいつもでないがたまにこんな風に見えるときがある。治療師の男性、「あっ手が楽になった。面白いなあ」という。
筆者、この前はお箸の先が合わず豆やなんかはつまむことが出来ない状態だった。今日はまあまあつまめる程度にはなった。
もう1人の女性、「手が硬直しました」といって中断してしまった。

レストランに入ったとき、ときどきお箸の使う様を観察している。
お箸をちゃんと使えている方は少ない。幼児よりきちんと教えておくことが大事なことなんだ。

お箸の使い方ひとつで身体が歪んだり整ったりする。

緩慢なる自殺行為

勤務先の会社のすぐ前に小さな医院があった。3回くらいお世話になった。
そこの先生は「ご飯が食べれて眠れりゃ心配いりませんよ」というのが口癖だった。ヤブだなとその時は思っていた。でも今思うと案外、名医だったかもしれない。食も睡眠も人間にとって必要欠くべからざるものである。

筆者の場合は呼吸を見る。呼吸がスムースであるかどうか?仰向けの時は息がお腹でできるようになたかどうか?俯せのときはお尻が動いているかどうかを見る。ヒトは息が止まれば終わりである。
女性はお腹で呼吸できない方が多い。男性だっている。睡眠時無呼吸症候群が有名になっている。睡眠時だけでなく目が覚めているときだってちょくちょく息を止めている方が多くなっている。目が明いているときでさえ息を止めているのだから寝ているときはなおさら?
これは緩慢なる自殺行為だと思っている。

足袋は履いています

以下は「ホームページからの転載である。それから電話でもお話ししたんですが、外反母趾が3年前よりもひどきなっています。毎日、足袋を履かれることをおすすめします。足袋はいいですよ。テーピングをするよりいいと思います。少なくとも外反母趾を今以上悪くしないでしょう。足は体重を全部支えています。外反母趾がひどくなればひどくなるほど身体は歪みやすく、歪むと身体が疲れやすくなります。その上いろんな障害ー足腰だけでなく内臓や血流・リンパ等に悪い影響がが出てきます。」

3/9の電話である。                       「北枕はやっていません。やっていると死んだ人の夢をよくみるんです。ホルモンバランスが崩れてきているのローヤルゼリーを飲んでいます。そせいか生理が復活しました。」「身体が若返ったのでしょう。よかったじゃないですか」「それと足袋を履いてます」早くそれをいえよ。生理が復活は多分足袋のせいだと思った。54歳の女性である。ローヤルゼーリーもいいかもしれないが足袋の方が断然いい。なにしろひどい外反母趾である。年齢からしてローヤルゼリーをとろうと身体の歪みを治すのはムリだろう。                   

「いまは家にいるときだけですがいいですか?右足を怪我したので甲高で合う靴がないんです」「左足のほうだけインソールで調節すればいいでしょう」
といったのだが外へ行くとき足袋はイヤらしい。 
「家にいる時間が圧倒的ながいのですからマアいいでしょう」といったのだが「ダメですよ」といった方がよかった。

「北枕がダメなら代わりになる物がありますよ。マイナスイオンシートはいいですよー」
「いま主人が失業中で、自分も手術やなんかで金を使ったし目下職をを探しているですが歳なもんでなかなかありません。職が決まりましたらお願いします」
このマイナスイオンシートは昨年2月健康雑誌「壮快」で魔法のシートとして大きく取り上げられた。高層住宅にお住まいの方やこの電話の方なんかの場合、必需品であろう。高層住宅の方というのは筆者がいっている。メーカーはそこまでは知らない。ボデイダウジングでチエックすると回答はすぐ出る。
    

花粉症をひどくするマスク

電車に乗るとマスクをしている方が増えた。
花粉症の季節である。今年は例年の30倍は花粉が飛ぶのだとか。

最近、近所に大きなドラッグストアが出来た。
60メートルくらい離れたところのコンビニの10倍以上はある。
大きすぎて10人くらいのお客さんでは閑散と見える。
食品などは賞味期限があるし、売れ残りは出るだろうし毎日特売でやっても売れきれるのかな?このままつぶれないでやっていけるのかな・と余計な心配をしてしまう。

そのドラッグストアに入ったついでにマスクをチエックしてみた。
20種類くらいはある。端からテストをしていくと4点いいのがあった。抗菌表示があったもいいものがある。ここでもまたマイナスイオン
処理の物が1点あったがやっぱりいい。
4点以外のマスクをつけていたら却って花粉症がひどくなるだろう。
身体が歪むわけだから歪みやすい背骨ー胸椎5番も必ず歪みが大きくなる。免疫力は低下する。

身体はいいもの・悪いものは瞬時にわかると書いた。それは身体の歪みとなって表現される。そして歪みは身体の末端でみればすぐわかる。
このやり方をボデイダウジングと名付けようと思っている。
感覚がシャープな方はこんなことやらなくともわかるし、一人Oリングの出来る方はOリングでやればいい。せめてマスクくらいは身体のよろこぶ物を使おう。

食が身体をつくり心をつくる

3/4 こころと身体と呼吸はひとつのものと書いた。
3/4の画像を見せた方から「食はどうなんですか?」と聞かれた。  食も同じくひとつの物である。当初、ピラミット状の模型を考えた。
心・身・息・食を一面宛振って今出ている症状を正面とすれば他は隠れて存在するとした。

でも単細胞時代は空気も食物も皮膚?から取り入れ排泄も皮膚?からやっていた。だからまあひとつに引括ってもいいのではないかと思った。
乱暴な話といえばそうかもしれない。人間のように高度に進化した動物になると食と呼吸は別にした方がいいのかもしれない。
身体に入れたり出したりするという点では同じではある。

呼吸というものに関心を持ち続けてある程度は人に話せる。
食については失敗の歴史を持っている。
マクロビオテックの「身土不二」「一物全体の法則」の考えを基本と考えている。筆者自身の失敗の歴史が人に食を説くことにためらいを生じてる。食が身体をつくり心をつくる、それはそうだなあと思っている。








マントラは乗り物

瞑想講座に参加した。
82950円振り込んでの参加である。
金額からして普通であれば首を傾げて見送るところなのに、今回はスーッとためらいなく参加したことを不思議に思う自分がいる。

ひとりひとりに違うマントラが教えられる。そのマントラを心の中で称えながら瞑想する。そのマントラは対立のない世界へ連れていってくれ乗り物だという。瞑想をやっていると確かに集中力がついてくる。呼吸がゆっくり浅く小さくなっていく。

昔、天風会でやった瞑想を思い出した。
天風会ではおりんとブザーを使った。おりんとブザーを時々ならしその音色を聞いているだけ。おりんとブザーが乗り物だった。
おりんの響きを聞いていると自然に意識が集中してくる。ブザーのほうはブーーーと鳴っていた音が突然切れる。その瞬間、無の世界が訪れる。慣れてくるといつでも聞こえてくる音に乗って無念無想の世界に入れた。40年も昔の話である。4~5年の間、毎月の講習会と日曜行修会にはほとんど参加していた。

ところが天風先生がお亡くなりになると天風会にはあまり行かなくなった。瞑想をさぼるようになる。いつまにか無念無想の世界に入れなくなっていた。それからである、アップダウンを繰り返しながら徐々に下降線をたどり心身不調に悩む続けるようになっていった。

「マントラは乗り物である」この表現が実に適切である。
この乗り物に復活を賭ける気になっている。

豆乳の塩加減が絶妙

昨日、瞑想講座に参加した。昼飯のときだ。
何十年ぶりかの自由が丘をぶらぶらしながら中華料理店に入った。
そこで「具だくさんなんとか」名前がちゃんとでてこない。野菜の沢山入った汁物である。「豆乳ですがよろしいでしょうか?」
「いいですよ」と答えて待つ。

程なく出てきた豆乳野菜煮込みというのか、これの味がよかった。
豆乳の塩加減が絶妙で野菜の味もいい。こんな豆乳料理は始めてである。豆乳はおいしものというイメージがなかった。
小ぶりの肉まんが2個・千切りサラダがつく。これも美味しかった。

食という字は人に良いと書く。こういう味に当たるとその通りといいたくなる。お店の名前は確かチャイナクイックだったと思う。ちょっと自身がない。東急ブラザーの前というのか、横というのか道路を挟んで向かい側にある。

ネットで調べたらチェーン店である。都内あちこちにある。

瞑想の達人?

瞑想講座に参加した。
昨日の午後から今日と来週の日曜日の三日間である。
参加者の質問があった。「瞑想をやっていると呼吸が止まってしまうのですがよろしいのでしょうか?」講師が答えられた内容はよく憶えていないが「そういうこともあるでしょう」といったようだった。
「酸素が脳にいかないではないですか?」「いかないでしょうね」

筆者の考えを書く。
呼吸が止まってしまうケース2通りある。一はエネルギーの消耗がすくなったとき、もう一つはエネルギーの消耗が著しく増大するときである。
身体の方はエネルギーの消耗量に合わせて呼吸を調節しているのだと考えている。好きなことをやっているときは身体はリラックスしており消耗量は減ってくる。嫌いなことや肉体労働の時は消耗が激しい。それは嫌いなことに耐えるために身体を緊張させるからである。肉体労働の時は書くまでもない。酸素は身体にとって毒である。余計摂ればいいという物ではない。活性酸素が病気や老化の原因ということになっている。

瞑想の時、呼吸が止まってしまうということは吸う・吐くという根源的な二元性から離れたということである。しかし通常は長くは続かない。小さくゆっくりした呼吸に戻る。ここで思い出した。講師はヨガの聖者が土中で埋められて何日か過ごすことが出来る方もいるといっていた。
この質問をされた方は瞑想の達人?かもしれない。

からだが痒くて堪らない

昨年夏、右腕外側にあせものかかアトピーか発疹がでて痒くてしょうがなかった。掻き続けて皮膚が破け血がでてカサブタがはり、発疹・掻き傷・カサブタととても見られた物でなかった。
それが12月にはいるとほぼ消えた。替わりにまぶたの廻りに小豆大の大きなふけみたいなものができた。剥ぎとるとまたできる、それの繰り返しだった。それと骨盤の上部と肩胛骨の周りに猛烈な痒みがでてこれには参った。毎日掻きまくった。原因は何か考えてもわからない。肝臓が悪いのか?それとも老人性掻痒症?のイヤな文字が浮かぶ。

これを書いている3/6現在まぶたのふけ状のものはほぼ消えている。骨盤上部と右肩胛骨あたりの痒みも消えている。左側肩胛骨の外側がまだ痒い。何をやったか?「砂糖より恐い物」に書いたミルクらしきものミルクもどきをコーヒーに入れて飲むのを止めたのである。2月の始めあたりからである。元来筆者はコーヒーが飲めない人間だった。それが昼飯を喰いに入った喫茶店のコーヒーの香りがとてもよかった。それ以来コーヒーを飲むようになった。ここ10年くらいで歴史がまだ新しい。

10年間に溜め込んだミルクもどきの毒素のせいだったのか?
最近、コーヒーをよく飲むようになったせいなのか?
本物の牛乳だって有害であり飲み続けていると骨粗鬆症になるという説
があるが、ミルクもどきはもっとよくない。
それにしてももっと早く気がつかなきゃ!反省。

化学調味料と偽物食品

元来、コーヒーはあまり好きでなかった。訪問先でコーヒーを出されると仕方なく飲んでいた。マクロバイオテックでは「身土不二の原則」からコーヒーは避けるものとする。熱帯で取れた物は熱帯に住む人が飲むにはいい。それ以外の温帯・寒帯で住む人には合わないという。

「身土不二」ということばも最近は割と知られるようになってきている。身体と土は一つの物であり、住んでいる土地で出来た食べ物が一番身体に合っているという考えである。そんなの当たり前で常識と思うのだが、今の日本の食糧自給率が37%とかいわれている。37%ですよ。大変な数字である。こんな国は他にない。

食糧自給率のあまりにも低いのは大きな問題であるが、同時に添加物の問題がある。化学調味料はかってさかんにその是非が論じられた。それが1~2年くらい前、アミノ酸が体にいいのだと健康雑誌等で何回も取り上げられた。現在ではアミノ酸等と表示されほとんどの食品に入っている。どうも化学調味料メーカーの謀略らしい。合成されたものが身体にいいわけがない。

それと偽物商品の横行である。「砂糖より恐い物」に書いたミルクもどき・シロップもどき・レモンもどき・砂糖もどきがある。喫茶店でこうなのだからもどき食品はわんさとあるに違いない。

抗菌・減菌処理されたものはどうもよくない

レストランや喫茶店でおしぼりを出す店が増えている。
それも最近は紙に変わり昔ながらいわゆるおしぼりは少なくなってきている。布製のはいい。今の季節なら熱いおしぼりが出るとうれしい。夏のつめたいおしぼりもいい。

それが紙製が増えてきている。袋を破るといやな臭いの出る物もある。見ると「抗菌減菌処理されています」「衛生的に処理されていますのでとても清潔です」とか書いてある。
チエックをすると3通りある。身体をゆがめるもの・身体に変化を与えない物・身体のバランスを回復する物とに分かれる。

多くは抗菌・減菌処理されておりこれはよくない。2割くらいのものはこっちの身体に変化がなかった。せめてこのあたりの物を出して欲しい物だ。1例だけは歪みが取れた。見ると「マイナスイオンの働きで手に付いた臭いを取ります。電解質の作用により清浄・除菌効果抜群です」とあった。昨今のマイナスイオン流行りは疑問を感じているもののこの紙製のおしぼりはよかった。