足元から力が抜けて元気がでません

「93年前後の離婚騒動で暫く立ち直れずにいた時です。
足元から力が抜けて、どうすれば元気が出るのか、まったくわかりませんでした。
このまま死んでしまった方が楽かもしれないと考えたこともありました。

兎も角歩くことにしました。リズムがわかりやすく刻まれた器楽曲をヘッドホンで聴きながら、自宅近くの公園を夜ウオーキングしました。
最初はアシスタントの男性に付き添ってもらい、ステッキをつきながらオイッチニオイッチニと掛け声をかけて、足をひきずりながら歩いていました。

ある時ふと気がつくと、それまでのネガテイブな考えはいつの間にか消えて、満点に輝く星のきらめきや沈丁花の強い匂いに心ひかれ、立ち止まっている私がいたのです。
ようやく『あー』と声を出せるようになり、『いーうーえーおー』と、無理してメロデイーをつけて歌っていると次第に元気が戻り、1ヶ月もしないうちにステッキは必要なくなっていました。

『同質の原理』といって、当事者のその時の気分に寄り添った音楽を聴くのが最もよいとされています。うつ病の人を励まそうと陽気な音楽選ぶのは逆効果。
陰々滅々とした音楽を聴いてぼろぼろ泣いているうちに、少しずつ元気を取り戻していくのです。」

上記はよみうりに先日掲載された湯川れい子さんの文章です。
明治大学の斉藤孝教授の音読に関する文章を紹介しました。
http://http://nmk.blog4.fc2.com/blog-entry-4402.html

こちらの方は日本的な肚からアプローチです。
湯川さんのは西洋的なというかリズムからのになっています。
リズムといい肚というも、声を手がかりにしているのは同じようです。



いろんな治療法やら運動法があります。         
 それらがあなたのお身体に合っているでしょうか? 

 合っていれば少し宛日々改善されていきます。
 合っていなければ日々身体は固くなりゆがんできます。         
 
 その効果を確認する方法をお持ちでしょうか?           
 症状に合ったエクササイズとそのチエック方法を呼吸塾ではお伝えしております。
  


語りと朗読の会  「宮沢賢治を語らう」  

宮沢賢治の作品を台本として発声・表現・語り・朗読について勉強しています。
月二回木曜日10時~12時 

「生きるのがつらい時」を乗り越える3つのコツ

「生きるのがつらい時」を乗り越える3つのコツ
https://allabout.co.jp/gm/gc/468899/?FM=af_mixi&af_type=guide&af_id=457588&utm_source=mixi&utm_medium=af&utm_campaign=457588&utm_from=guide&utm_datetime=20170523211500

1、ただただつらい毎日……「小さな変化」が状況を変える
2. 他人の良い面を周りに伝える
3. 「自分史」を書いて学びを振り返る

上記の3ッツで解説している。
ごく軽症のレベルなら上記でもOK化もしれない。だがそれ以外ではムリだろう。

私ならばどうするか?
熟睡することを考える。

「夕食を軽く早めに済ますこと」これ大変重要です。
続けるほどに体調が変わってきます。
確実に実行することです。

早足を日々実行する。短距離20-30㍍でよいから日々取り入れる。
スクワットもよい。10回単位でこれも軽くてOK.
これで行動力が身についてくる。

先祖供養、筆者はご先祖様に毎日線香をあげることをやっていまsづ。
「心だに誠の道に叶えなば祈らずとても神は守らん」

不動真言発声法でお腹を鍛えます。
http://nmk.blog4.fc2.com/blog-entry-2154.html




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蜘蛛の糸で主人公だとしたらどうしますか?-2

日記転載

「我」という文字がある。一説によるとギザギザのついた矛状の武器を表す象形文字であるとか。
その武器を以て自分を示す文字にしたということは古の人は自分自身が人を傷つける存在だと理解していたのであろうか?と書いたことがあります。

http://nmk.blog4.fc2.com/blog-entry-2218.html

不用意な発言で人を傷つけることがあるし、誤解されることもあります。
受け手側の心理状況で、様々に変化して受け取られることになるだろう。

これは受け手側の問題である。
発言者側としてはどうだろうか?

どうもいいたいからいってしまうことが多いような気がします。
自身が課題として取り組んできたことがらに関してだと、当然詳しいですし喋りたくなります。

そしてその内容がニュートラルなことであっても、受け手側に大きな波紋を引き起こすことも往々にしてあるようです。
喋りたくなったときは要注意です。

自分がいいたいからいうということは、自我優先ということでしょう。
自我優先といえば、カンダタと同じになってしまいます。
蜘蛛の糸のガンダタの場合は、自分が助かるかどうか切羽詰まっていました。

仏典には飢えた虎の前に自分を投げ出す釈尊の話もあります。
「 山川の末に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」空也上人の作とつたえられています。




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蜘蛛の糸で主人公だとしたらどうしますか?

芥川龍之介の作品に「蜘蛛の糸」というのがあります。

あらすじ(ウィキペディア)
『釈迦はある日の朝、極楽を散歩中に蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは殺人や放火もした泥棒であったが、過去に一度だけ善行を成したことがあった。それは林で小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたことだ。それを思い出した釈迦は、彼を地獄から救い出してやろうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。

暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸を登れば地獄から出られる」と考え、糸につかまって昇り始めた。ところが途中で疲れてふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは重みで糸が切れてしまうと思ったカンダタは、下に向かって「この糸は俺のものだ。下りろ。」と喚いた。すると蜘蛛の糸がカンダタの真上の部分で切れ、カンダタは再び地獄の底に堕ちてしまった。

無慈悲に自分だけ助かろうとし、結局元の地獄へ堕ちてしまったカンダタを浅ましく思ったのか、それを見ていた釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。』

原文では蜘蛛の糸がまさに切れようとする前後の様子を以下のように書きしるしています。
『ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。)陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦のように大きな口を開あいたまま、眼ばかり動かして居りました。自分一人でさえ断きれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這はい上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。

 そこでカンダタは大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。
 その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急にカン)陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですからカン)陀多もたまりません。あっと云う間まもなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。』

「カンダタが大きな声で喚いた途端、今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急にカンダタのぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。」自分がカンダタだとしたら、どうするだろうか?
「自他一如」ということばは知っている。
「人を呪えば穴二つ」ということばもある。

二宮尊徳翁の「盥の水」の例えもあります。
盥に手を入れて水を自分の法へ掻き集めようとすると水は抜けていくし、水を人の方へ押しやると自分の方にやってくる。

この場面ではどう動くか?
「After you」といえるだろうか?



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意識の力ー5

「難病持ちの方で、自分のこの病気はどこの医者も治せないんだと威張っている方がいます。
ご自分の意識の力が強大なのでしょう。
この強力な意識を力で治らないとブロックしているのです。
いかなる名人治療師・名人医師の力を以てしても治らない。

これを治る方に意識を切り替えれば、逆転するだろおうと筆者は見ております。
最初は1とか2とかの弱い力かもしれません。
治療を受けるときも、1でも2でも利くと思って受ければその分が身になっていくと思われます。」

心理操作だけで変わると思われますので、思いの外簡単なのかもしれません。
頑強な思いこみをどうやって外すかということになります。
筆者は、先祖供養を迷信と同じと考えて、仏壇になぞお参りをしない人間でした。

母に「偶に帰るのだから仏壇にお参りをしろ」と何回もいわれていました。
「父母もその父母も我が身なり・われを愛せよわれを敬せよ」という二宮尊徳翁の歌に触れて、
ご先祖様はDNAということが腑に落ちて変わりました。

いまは毎朝お参りをして線香を捧げています。
兎に角毎朝お参りをする、これを続けることで潜在意識が変わっていきます。
潜在意識変えていくには。
・強く働きかける
・回数多く働きかける
と、強度と頻度と関係してきます。

始めてから丸3年一日も休むことなく経過しました。
神様というのは個人個人を助けるようなことはしない、個人を助けるのはご先祖さまだそうです。
ご先祖さまのご加護を信じて毎日お参りをすることで、ご先祖とも結びつきがしっかりしてきます。



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