無くて七癖

人間の身体というのは酷使ををすると固くなる。
一回固めてしまうと、ほぐれるのに相当な時間が掛かる。

私の左腕がそんな状態にある。
パソコン時、左腕を突っ張って状態を支えるクセがある。
パソコンを使う前からも似たような使い方があったかもしれない。

左で受話器をもって少し長電話をすると硬直しやすくなっている。
単に止めばいいだけだが、人間のクセってそんなハイ、そうですかと変えられるものではない。
「無くて七癖有って四十八癖」という。カンタンに変えられないものであるからクセというのか。

椎間板ヘルニアにしても座骨神経痛にしても脊椎狭窄症にしても、とことんムリ使い込んで累積疲労の結果、ある時点で発症するのであろう。
手術して楽になっても、これまでの生活習慣はそのままだからして再発する、3回も4回も手術するかたもいるらしい。

若い方ならば適切なエクササイズを日々行うことで回復する見込みが高い。
年齢の高い方は見込みがないかといえばそんなことはない。

閾値(いきち.・しきい値)について書いたことがあります。
生理学や心理学・物理学や工学の用語で境目となる値のことをいうとある。

かって77歳のご婦人の掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)の方とご縁がありました。
首が逆L型に曲がっていつも下を向いてあるいていました。

それが呼吸塾に見えて月一回通っている内に逆L型の首が直ると掌蹠膿疱症も完治したことがありました。
この病気は大変な難病らしく大変に治りにくいそうです。
77年の歴史があるというものの、首が曲がった歴史は案外短いのかもしれない。




  いろんな治療法やら運動法があります。         
 それらがあなたのお身体に合っているでしょうか? 

 合っていれば少し宛日々改善されていきます。
 合っていなければ日々身体は固くなりゆがんできます。         
 
 その効果を確認する方法をお持ちでしょうか?           
 症状に合ったエクササイズとそのチエック方法を"呼吸塾">呼吸塾ではお伝えしております。
  


語りと朗読の会  「宮沢賢治を語らう」  

宮沢賢治の作品を台本として発声・表現・語り・朗読について勉強しています。
月二回木曜日10時~12時 
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健さんの顔写真

日記転載

五行思想      (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3
『五行の色体表には「怒り」が2カ所に載っており、五情では金に属し、五志では木に属しています。

「怒れば肝を破る」の怒りは五志の方です。
喜怒哀楽というのは五情の方です。

この二つの怒りはどう違うのか、筆者の浅薄な知識では解釈ができません。
わかっている方にご教授願いたいものです。』と書いたことがあります。

二人の方に聞きました。
お一人は「五行色代表というのはいろいろ文献の寄せ集めてまとめたものです。
したがって引用した文献の違いでしょう」

もうお一人は、観察と適用を繰り返した結果、五志の方を取っているという。

先日亡くなられた高倉健さん、雑誌に掲載されたの写真を見ますと下の瞼の膨らみが目立っています。
ここは涙堂といって腎系のポイントを見る場所になあています。

小沢一郎さんもそうです。
でもお二人とも耳は素晴らしい福耳です。
耳は腎(先天的生命力)を見るところといわれています。

福耳は全身の血流を見るところと解釈しています。

健さんの大きな顔写真が見れます。
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20141210/enn1412101204015-n1.htm



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家康の目

日曜日の軍師官兵衛で家康役の寺尾聡は右目を閉じている。

陰陽論でいくと陽性の摂りすぎかもと思ったが、右利きだとどうしても右のの負荷が大きくなって固くなっているのかもしれません。

これは年をとるほどにハッキリしてくるようなきがします。

家康役 寺尾聰の“右目”なぜ閉じているのか? という記事がありました。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/154659

<ぼくは自分のなかで、家康には表に見せる顔と、自分のなかにある裏の顔があると思っていて、それを自分で絶えず意識するために今回は、裏の顔の象徴として右目を少し閉じて、何か企んでいるように見せたいと思いました>と記事では答えたとある。

演技だけだろうか?と他の映像も見た。

家康役のときほどではないが、右目の方は細いらしい。

とすると、右目の方を細めた方が楽だし目の疲労回復になるかもしれない。



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如水の頭

人間の頭というのは意外に歪みが多いものらしい。
筆者は坊主頭の方を見つけると、さりげなく観察をしている。
丸い頭は陽性、細長い頭は陰性という見方もあるが、凸凹を見ている。

「ストレスとは、生物学的には何らかの刺激によって生体に生じた歪みの状態を意味している。元々は材料力学上の言葉で例えばスプリングを引き伸ばしたり、ゴム球を押し縮めたりした時にその物質の内部に生じた応力の事を言う。(Wikipedia) 」

ストレスは歪みとなって表現されるからして、頭部の凸凹が大きいということは大きいストレスを受けたと見る。
かくいう筆者も頭頂部の左右両サイドが3ミリくらいの面積の大きい凹みがある。
右の方が深く大きい。
先日の記事で脳内血流の立体画像を掲載して、更にその意を強くもちました。
頭蓋骨からしてゆがんでいるということは先天的というか胎児時代のストレスではないかと思う。

側頭筋や後頭筋に帯状に太くなっている場合がある。
これは後天的なストレスで頭蓋骨が拡がろうとする動きを防ぐために生じるらしい。
筆者は一昨年はまだエアコンががなく、猛暑で毎日毎日酷い頭痛を体験してそう感じました。
孫悟空の頭の輪(緊箍児(きんこじ)を思い出します。

ところがいま坊主頭になっている黒田如水役の岡田准一さん、頭はきれいなものである。
ネットで本物かどうか議論されていました。
筆者は耳が福耳であるからして本物だろうと思います。

無論大きく写せばゆがみがあるのだろうが、今のところ見ていないし大きなゆがみはないらしい。
もしそうならば、胎児時代のお母さんがハッピーな生活を送られたと思われる。

黒田如水はメチャ切れすぎて秀吉や家康に警戒されたほどの人物といわれています。
実際に歪みの少ない頭だったのではないかと思う。



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黒田官兵衛と黒田長政

 父重病の知らせに福岡から飛んできた長政に向かって遺言を言い渡した。
「よいか、長政。わしとそなたを比べてみるに、そなたにはわしに勝ることが五つある。
一つはわしは主君の意に違うこと三度まで籠居せざるをえなんだが、そなたには一度もないいこと。

第二にはわしは一生で12万石の小大名じゃったが、そなたは五十二万石の大大名の出生いたした。
第三はわしは合戦で敵を我が手でに掛けた功名はないが、そなたは七,八度もある。
第四はわしは無分別者じゃが、そなたは分別者じゃ。
最後に第五はわしは終生の子をそなた一人しかもちえなんだがそなたは三人までもった。

 ただしわしの方がそなたに勝ることは二つある。第一は、そなたは人使いが下手じゃ。
今わしが死ねば家来どもはそなたの直臣まで名残り惜しむであろうが、逆にそなたが死んでも「如水様が折られるゆえに当家は安泰」と申すであろう。

 これは人使いが悪く、家臣からの信頼がわしに及ばぬからじゃ。心して日頃の行いに気をつけ慎むようにいたせ。
第二にはわしは博打が巧いがそなたは下手じゃ。
そのわけは関ヶ原合戦時に家康と三成の戦があと百日も手間取るようならば、わしは手勢を率い相模までも攻め込んで家康と天下を争うつもりであった。その時は一博打の勝負の前にはただ一人の我が子たるそなたといえども、見殺しにしてもやむなし、と存じてさえおった。

 天下を望む者は親や子を顧みるようでは叶わぬものぞ。この博打においてはそなたはとてもわしに及ぶまいぞ。そなたは賢い男ゆえ先の手が見えすぎて大勝負は出来ぬ。心しておくがよいぞ」
そなたにはわしのように天下を相手に勝負を賭ける軍師の才はない。今後は家臣と領民を愛し、己を律して家を守れ、と戒めたのである。

「わしは必ずや来たる三月二十日の辰の刻(午前八時)とみゆるぞ。
これが我が辞世じゃ」と短冊を渡した。
おもいおく言の葉なくてついにいく  道はまよわずなるにまかせて
絶え絶えの息のしたで謡い終わる間もなく、大軍師としての五十九才の一語を終えるのであった。

「大坂夏の陣図屏風」戦いの直後に、福岡藩主黒田家に伝来したもので、夏の陣に東軍として参戦した黒田長政が、参戦した家臣たちに書かせた絵をかき集めて、完成したといわれている。屏風の右側には徳川家康や真田幸村など武将たちによる戦闘の様子、そして左側には、戦火を避けて逃げまどう民衆の悲惨極まりない混乱の様子をそれぞれ極めて精緻に描いており、数ある戦国合戦図屏風の中でも白眉として今日国の重要文化財に指定されている。

「大軍師黒田官兵衛(祥伝社文庫)」